薬術の魔女の結婚事情
『手』を作る。
しかし、実は式神のような術を利用して『手』を作るのは薬術の魔女にとっては非常に難しい(というかめんどくさい)ことだった。
なぜなら、式神のような当人の力の一部を利用する物は、薬術の魔女のような揮発性が高く周囲に馴染みやすい魔力には不向きであり、彼女は召喚術なども持ち合わせていないからだ。おまけに召喚は魔力の消耗が激しく、契約の内容によって魔力の消費状態は変わるが、初めに召喚した際に召喚した対象を契約を結ぶまで存在を維持できるかさえ怪しい。
気配を辿ると、まだ魔術師の男は帰宅していない様子だった。だが、夕飯が既に用意されていた。
「(なんだかなぁ……)」
自分だけ世話を焼かれている様で、なんとなく落ち着かない気持ちになってしまう。
きっと、彼自身は何も思っていないのかもしれないけれど。
「(やっぱり、あの人みたいな『手』が欲しいかも)」
思いながら、薬術の魔女は黙々と1人の夕飯を済ませる。食事は帰宅に合わせて作られていたのか、作り立てで温かかった。
「……なんで、ちょうどいい時間にあったかいごはん用意できるんだろ」
完食した後、そう、首を傾げる。
実のところ、監視の式神が伝えた薬術の魔女の周囲の状況から魔術師の男が帰宅時間を大まかに予想して逆算し、その時間に式神へ調理を開始する命令式を送っているだけである。
食器を片付けようとすると、あっさりと式神達に取り上げられてしまった。
「……むぅ」
風呂場に顔を出せばそろそろ沸き上がりそうだし、洗濯も恐らくすることはない。
勝手に世話を焼かされることの不自由感に口を尖らせながら、薬術の魔女は気分転換のために書庫へと向かった。
×
「んー……(『お手伝いさん』について、なにかをおばあちゃんが言ってたような)」
「(土の人形がどう、みたいなやつだったかな)」と思いながら、なんとなくで書庫を歩き回り、屋敷内にある数少ない物語や神話等の置いてある本棚に向かう。
「ん、なんだろあの本」
一冊だけ、本の背表紙が僅かに出ていた。薬術の魔女は躊躇する事なく、それを抜き出し手に取る。
それは神代の本で、天使や昔の話などが複数書かれているようだ。
「…………あ(そっか、泥人形か)」
そして本の中で、おばあちゃんから聞いた話と酷似した内容のものを見つける。
どうやら、ゴーレムは専用の魔術式と薬品や泥の配合の組み合わせで作れるとされている召使いのこと、のようだ。
いつの間に手に持っていた説明書によると、作った粘土の体に聖書の内容を刻み込んだり、薬品や土の配合をおこなったりと面倒な手順があるようだが、それ以外は特殊な才能などは必要としないらしい。
起動時以外には製作者の魔力を必要とせず、書き込んだ聖書の内容のおかげで自動的に空気中の力を吸収してそれで動くらしい。
「(……つまり、特別な力を使わなくても、簡単にお手伝いさんが作れる!)」
魔術師の男のような宮廷魔術師などのように魔術の造詣に詳しくない薬術の魔女でも、手順さえ踏めば彼のように『手』が作れると言うことだ。
薬品や土の配合、聖書の内容を覚えて刻み込むこと自体は非常に面倒そうなことだが、彼女にとっては造作もないことだった。
「(ふむふむ。土の配合はこれ、必要な薬草がこれ……)」
それから、屋敷にある書庫の似た分類の本を読み耽り、必要な知識を掻き集めていった。
×
「……あれ、寝不足?」
次の日、その3に心配された。
「んー、ちょっとだけ寝るのが遅れただけだよ」
前日は書庫の本を幾つか読んだ後、数冊を自室に持って行き、寝る支度を済ませてから眠るまでずっと読んでいたのだ。ちなみに眠る直前まで読んでいた本は土の成分についての本だ。
魔術師の男が帰宅する音は聞かなかったし、起きた時には既に姿は無かったので彼は遅く帰って早朝にまた仕事に出て行ったのだろう。
それを少し寂しく思うものの、それが彼の普段の様子らしいし、薬術の魔女自身は仕事で色々な人に出会えるので、あまり気にしていなかった。
「ちょっとねー、土についてお勉強してたんだ」
「へぇ。薬草のためとか?」
「そんな感じー」
ゴーレムが作ることが出来れば、店の手伝いの他にも薬草の採取や薬品の生成も楽になるに違いないと思ったのだ。なので、嘘ではない。
新しい知識を得ること、それがもたらすであろう利などを考えると、なんだか楽しくなってくる。
ふんふんと鼻歌を歌いながら薬術の魔女は1日を過ごした。
×
「(週一で休ませるんだ、へぇー)」
そして、仕事が終わると図書館へ向かい足りなかった知識を補ったり、土を集めてみたりしたのだ。
※もとにしたネタとやや作り方が違います。