薬術の魔女の結婚事情
確認
「お、おかえり。……いつのまに帰ってきてたの?」
驚きながらも魔術師の男を振り返り、問いかけた。彼は宮廷魔術師の仕事着のままそこにおり、腕を組み薬術の魔女の様子を観察するように見下ろしている。
深い緑色の目が凪いだ水面の様に静かで、周囲の温度が下がったかのような心地になった。
「先程ですが」
じっとシートの上の造形された粘土達を眺め、やや憮然とした様子で魔術師の男は答える。
「そっか。……ちゃんとお顔合わせられたのって、結構久しぶりな気がするね?」
なんで不機嫌なのだろうか、と内心で首を傾げながら薬術の魔女は彼に近寄った。すると、なぜか彼は更に眉をひそめる。
「……何故、其れを作っていらっしゃるのか伺っても宜しいか」
彼女を見下ろしつつ、魔術師の男は更に問いかけた。静かな声であるものの、圧力を感じさせるものだった。
彼のその様子で、薬術の魔女は自身が何か悪いことをしてしまい、それを怒られているかのような気持ちになる。
まるで、浮気を咎められているような、妙な心地だ。(無論、そんな経験はないのだが。)
「えーっと、仕事の手が足りないかもって思って」
えへへ、と悪戯が見つかった子供のように、はにかみながら薬術の魔女は彼に答えた。
表面上は普段通り、今までに魔術師の男と対峙した時と同様の態度で対応する。だが、内心では突然向けられた彼の咎めるような態度に少しだけ、不快な気持ちになっていた。
怒りのような、少し、寂しいような。
「……仕事の手が不足しているの成らば、雇えば良いのでは」
人手不足の話をすると、彼は氷像のように冷たく澄ました顔で提言する。
「今すぐ欲しかったの。それに、きみの式神を使うわけにもいかないでしょ?」
やや強めの語気で尋ねると、魔術師の男は組んでいた腕をゆっくりと解き、思考を巡らせるように少し目を僅かに動かした。
店を始める前は、最初の開店記念の1週間を終わらせた後は店のことはすべて一人でする予定だった。なので、薬術の魔女は人を雇う方法など、あまり考えていなかったのだ。
「……其れで、泥人形等を?」
魔術師の男の視線は再び、薬術の魔女が触っていた粘土の方へ向いた。
「うん。思ったより簡単にできちゃった」
現状はまだ粘土は乾いていないし試運転もしていないのだが、起動させれば間違いなく動くだろうという確信があったのだ。
「…………然様ですか」
はぁ、と彼は更に深く、長く溜息を吐く。今度は呆れが混ざっているような気がした。
「聞いておりませんが」
魔術師の男は、じ、と薬術の魔女の顔を見る。
「そりゃあ顔も合わせてないんだから、聞かせる暇もなかったよね?」
まだ問い詰めが続くのか、と彼女は口を尖らせる。すると一瞬、は、と何かに気付いた様子で少し目を見開き、魔術師の男の視線が動揺したかのように揺れた。
それに構わず、きっ、と薬術の魔女は魔術師の男を見上げ
「あと、顔を合わせられたから言うけど。たまには、夕飯や自分の服の洗濯くらいは自分でやりたい。せめて、自分の服の洗濯はやらせて」
と自分の意見を打つける。
「……私では、力不足でしたか」
少しして、見当違いな返答があった。ん? と薬術の魔女は口を軽く結ぶ。
「私の式神では、貴女の満足いく様な提供を行えませんでしたか」
「……………なんでそうなるの?」
眉間にぐっとしわを寄せ、彼女は言葉を零した。内心では「はぁ?」と言いたかったが、がんばって堪える。
そして、なんとなく『ここでちゃんと言葉で意図を伝えるべきだ』と直感が働き、
「違うの。きみの手を借りっぱなしだといけないって思ったの」
そう言い切った。
「……気にしなくとも」
「わたしが気にするんだよ」
なぜか次は拗ねたらしい魔術師の男の食い下がりも、ばっさりと切り捨てる。
「…………分かりました」
「なんでそんな嫌そうな顔するの」
そういったやりとりはあったものの、どうにか魔術師の男は納得してくれたようで、それからは過剰な世話焼きは少しだけましになったのだ。