薬術の魔女の結婚事情

思想と感覚の相違


 一応、薬術の魔女の()()()についての擦り合わせが済んだので、彼女は別の話題を魔術師の男に振った。

「最近、あんまり顔が合わせられないね」

 魔術アカデミー在学時にはあまり感じなかったが、こうして共に住んでみると、彼の仕事の拘束時間がやけに長いように思えた。

「そうですねぇ。まあ、新年度ですので」

 魔術師の男は落ち着いたのか、いつも通りに素っ気なく感情を感じさせない、抑揚の少ない話し方をする。

「其れと。()()()()()()()、今少しばかり無理をさせて頂いているのです」

大事な事ですからね、と目を細めて意味有り気に薬術の魔女を見て魔術師の男は答える。

 しかし。

「……『これから』?」

 なんだっけ、と彼女は首を傾げた。
 そんな薬術の魔女の様子に一瞬、魔術師の男は僅かに目を見開くも、すぐさま口元に手を遣り薄く微笑んだ。
 だが、隠す直前の口の端がやや不自然に引き()ったのが見えた、ような気がした。

「…………来月より、『お試し期間』を始めるでしょう」

と、笑顔を貼り付けていたものの、声は取り(つくろ)えなかった様子で、彼は少し不機嫌そうな低い声で告げる。

「あ、そうだったね」

 軽い調子で薬術の魔女は返し、すっかり忘れているかの様な態度に魔術師の男は深く溜息を吐いた。

「……因みに今、夕餉を摂るような時間帯なのですが。御存知ですか」

 そして、そのついでとばかりに現在の時刻の話をする。

「え、ほんと?! 気付かなかった!」

 驚く薬術の魔女に時計を見せると「うっそー」と、更に酷く驚いていた。それ程までに彼女はゴーレム造りに夢中になっていたのだろう、と魔術師の男は察する。それが、心底気に入らなかった。
 しばらくは伴侶の役になる彼自身のことなど、どうでもよいと考えているように思える。

「……一度、風呂に入っては如何(いかが)です。自覚は無くとも疲れが溜まっているのでは」

 とりあえず、魔術師の男は泥や土などで汚れた薬術の魔女に、風呂で汚れを落とすように告げた。

「うん、さすがにちょっと疲れたかも」

頷き、薬術の魔女は部屋から出ようとする。

「あ、そうだ。そこの物とか、絶対に触っちゃダメだよ」

 足を止め、魔術師の男に注意を促した。せっかく作ったそれをほんの少しでも造形を崩されることが嫌なのだ。

「……無論、何もしませんよ」

薄く微笑み、魔術師の男は彼女を見送る。

「(……()()()、ですが)」

 と内心で付け足しながら。

×

 薬術の魔女が居ない合間に、魔術師の男は乾燥させている人形の部品達を観察する。『見るな』とは言われていないので、大丈夫なはずだ。

「(最近、何やら奇妙な事をしていると思えば)」

 薬術の魔女は泥人形(ゴーレム)を作っていたらしい。造形の途中と思われる粘土の塊達を観察しながら、これらで何をするのだろうかと考察する。

 式神は土の合成と薬草の組み合わせぐらいしか伝えなかったので、魔術師の男は彼女がゴーレム造りをしているとは知らなかったのだ。
 彼女が薬草や薬品作りのために土の配合に気を遣ったり、買い物をしたりなどをするので、今回もそれなのだと思っていた。

 だが、ものを生成している最中に彼女が歌う()()()()()()()()()()()()()()()()()
 『ちゃんと混ざって』と歌うそれの内容は同じだったが、最後辺りに歌った『完成して』と歌う歌詞に『動け』という、動作に関わるものが混ざっていたのだ。
 初めは何か体能力を強化する薬品でも作り始めたのかと考えていたが、それだと『ちゃんと効いてね』の様な、()()に関わる歌詞を付けるはずなので違和感を覚えた。
 その後は仕事を速攻で済まして絡んでくる貴族達を雑に(あし)らい帰宅し。
 そして、実験室で粘土を()ねて造形している薬術の魔女を目撃した、ということだ。

 配合の難しさや字を書き込むことなどの生成の難しさを思うと、なぜゴーレムなどを選んだのか意味が分からなかった。
 薬術の魔女が『式神を使うわけにもいかない』と言ったが、魔術師の男はその手間をかけるよりは式神を貸したのにと思う。

「(……最近、彼女は()()()()()()()()()()())」

そう思うと、焦りを感じた。

 実の所は今までとあまり変わらず、むしろ初めの頃よりは随分と頼っている状況なのだが魔術師の男は気付かない。
 彼が薬術の魔女の『自分でやりたい』と思う行動に不安を抱くのは、自立することによって自分の元から去ってしまうのではと無意識に考えているからだった。()()()()()()()()と、強く思っている。

「((しか)し。先程は……()()詰め寄り過ぎましたかね)」

 ただでさえ、『旅に出るという覚醒者と転生者に、魔術師の男には渡していない御守りとやらを手渡している』という事実にやや苛立ちを覚えていた。その上勝手に自立されそうだという現状に上手く感情を制御することができなかったと、反省をする。
 おまけに、来月から本当の婚約をして諸々の相性を確かめるというのに、すっかり忘れられていたなんて。

「(……彼女に逃げられぬ様、或る程度の自由は与えねば)」

 自身に言い聞かせ、魔術師の男は部屋を後にする。

※当然のごとく、お守りを手渡したのを知っている。
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