薬術の魔女の結婚事情
なんとなく。
決闘が終わるとさっさと帰ろうとした魔術師の男をどうにか捕まえて、薬術の魔女は学芸祭を一緒にまわるところまでこぎつけた。
「実はわたしも、あんまり学芸祭見てまわったことないんだよね」
一般開放されたくさんの人で溢れる校舎内を歩きながら、横に並ぶ魔術師の男を横目で見て薬術の魔女はぽつりと零した。
「1年生の時からずっと薬売ってたからさ」
「然様ですか」
魔術師の男は相変わらず澄ました顔で何を考えているのか分からなかったが、ちゃんと話を聞いてくれるらしい。
「きみは学生の時、学芸祭とかまわったの?」
敢えて、『誰と』まわったのかは聞かないでおいた。なんとなく、その話を聞きたくなかったからだ。
「いいえ。仕事がありましたから」
「仕事? なんの?」
顔を上げると、魔術師の男と目が合った。
「学生会の、です」
「あっ、やっぱり会長やってたの?」
「しておりませぬ」
つい、と魔術師の男に目を逸らされた。
「えっ、そうなの?」
「確かに、私は優秀でありましたが……」
視線を逸らしたまま、過去を思い出しているのか、少し目を閉じる。
「なんか妙に腹立つ言い方」
「身分、というものには逆らえませんから」
ゆっくりと目を開き、周囲の店達の方を見ながら魔術師の男は答えた。
「どゆこと?」
「同じ学年に王弟がいらっしゃいまして」
「あー……」
つまり、王弟が入学した時からずっと、卒業するまで会長をし、その周辺をその親衛隊で固めていた、ということらしい。
「入学の初めから満点を取った私は、その末席に加えて頂き」
「逆にすごくない?」
「大変に多くの書類仕事を任して下さいました」
にっこりと外面の笑みを浮かべ、魔術師の男は思い出を語った。
「……つまり、その仕事ばかりやっててあんまり催し物に参加出来なかった感じ? 入学した時から?」
「えぇ」
「へぇ……お疲れ様……」
大丈夫なのかその王弟達、と、あまり興味はないが、少し不安になる薬術の魔女だった。
「今の処、王には成っていらっしゃらないのが救い、でしょうかね」
「へー」
「……興味が無さそうですね」
「王弟のとこはどーでもいいかな」
「然様か」
薬術の魔女は魔術師の男を見上げ、その顔を見つめる。
「(………すっごい猫)」
顔がほぼ完全に猫の顔になっている。口元は血塗れで、着替えたらしいぼろぼろのスーツのような服にもべったりと赤い粘性の高い血糊がてらてらと光る。
髪色と同色の、やや紫がかった黒い毛並みにも血糊や埃のようなものが付着し、手の部分は腕の中間辺りまでその獣人のような見た目にしているらしい。(その先は服で隠れていて見えない。)
「(……猫ってお揃いじゃん)」
それに気が付き、薬術の魔女は何だか嬉しくなった。
×
「あ、ちょっと待ってて!」
とある店を見て、薬術の魔女は魔術師の男をその場に留めさせる。
「すぐ戻るから」
「……仕方有りませんね」
返事をする前に居なくなったものだから、魔術師の男は待たざるを得ない。
「お待たせー!」
薬術の魔女は何かを買ってきたらしく、袋を持って戻った。
「あと、ちょーっと、かがんで!」
「はい」
ぐいぐいと腕を引っ張られながら、魔術師の男は屈む……だけだとやや身長差が埋まらなかったので、しゃがんだ。そして、薬術の魔女は袋から出したものを魔術師の男の首に付ける。
「……これは……リボン?」
「そう! 蝶ネクタイ!」
「リボンでは」
呆れる魔術師の男に構わず、袋の中からもう一つ同じものを取り出し、薬術の魔女はそれを自身の首に付けた。
「ほら、おそろい!」
「…………ただのリボンでは」
「おそろいなんだよ」
「……然様で御座いますか」
魔術師の男の態度にうんうんと満足そうに頷いたとき、
「あ、居たいた。おーい」
「急にどこ行くのよ」
と、友人二人が人混みをかき分け、薬術の魔女の近くまでやってきた。薬術の魔女がそちらを見たときに魔術師の男も立ち上がった。
「うわでっか」
「誰?」
友人B、友人Aはそれぞれの感想を呟く。
「わたしの婚約者の人」
「……初めまして。婚約者がお世話になっております」
薬術の魔女の紹介に合わせ、魔術師の男は丁寧に礼をした。視察の魔術師として何度か会ったことはあるだろうが、婚約者としては初めてであり、やや誤認させる魔術もかけている。
「相性結婚の相手?」
「うん。来てくれた」
「身長差やばいね」
見上げ、友人Bは感心した様子で言う。
「……へぇ。結構嬉しそうね」
「ちょっとわくわくしてるだけだもん」
友人Aの指摘に、薬術の魔女はぷん、と顔を逸らした。
「仮装してるわね」
「全然顔がわからないね。特殊メイク?」
「恥ずかしがりやさんなんだよ」
言いながら、薬術の魔女は背後に立つ魔術師の男に頬をむぎゅっと挟まれた。
「あ、そうだ一緒にまわろうよ」
「いや、二人で周りな? 折角だし」
薬術の魔女の誘いに、友人Bが慌てて返す。
「だって。どこ行く?」
薬術の魔女は魔術師の男を見上げる。
「……貴女の行きたい所に行けば良いでしょう」
「んー、それが困るんだよなぁー」
二人のやり取りを見ながら
「……意外と仲良さそうね」
「聞いてた話となんか違う」
と、友人Aと友人Bは言い合った。
「あの、手紙でやりとりしてないって聞いたんですけど」
友人Bは魔術師の男に質問を投げかける。
「なんで手紙を出してあげないんですか」
「別にわたし気にしてないから聞かなくていいよ」
と薬術の魔女が諌めても、
「でも」
と、少し不満そうな様子だ。
「……飽く迄も、私共は制度で導き出された組み合わせですから」
魔術師の男は外面のやや優しめな声色で、そう答えた。
「うわ、おんなじこと言ってる」
「ある意味お似合いじゃない?」
「も、もう用は済んだでしょ? 一緒に行かないんならほら、さっさと行きなよ!」
友人Bと友人Aの言葉にやや慌てながら、薬術の魔女は二人の背を押し、魔術師の男から引き離そうとする。
「はいはい。あ、あの子、すぐどっか行くんでよく見てやってくださーい」
「どうぞ、学芸祭を楽しんでくださいねー」
振り返り、友人Bと友人Aは魔術師の男にそう言った。
「良い御友人を持たれたましたね」
「片方は初等部から一緒なんだ。もう一人は初等部は別だったけど、一緒に遊んでた子。アカデミーでみんな一緒になったんだ」
「然様で。……其れは良かったですね」
×
「……何か、手紙を送った方が宜しかったでしょうか」
「ううん、別に」
学芸祭をまわり、露店のものをいくつか買ったり食べたりした。薬術の魔女は射的などの遊戯の露店も楽しみ、魔術師の男はその様子を見ているだけだったが、それで良かったらしい。
「わたしは、きみが興味持てそうな話とか、しおらしい手紙とか書けないし話題も思いつかないから」
今は休憩用の椅子に座り、休みがてら買った食品を食べていた。
「(……学校でも会えるし)」
思いながら、薬術の魔女は魔術師の男の方を見る。彼は貴族のようだが、庶民の食べ物に難色を示すことなく周囲と同じように(しかし上品に)食べてくれる。
「それに、忙しいだろうから『今日のお天気は~』みたいな無駄な世間話とかも邪魔だろうし送ってないだけだよ」
「……てっきり、興味が無いものかと」
ある程度食べてから、魔術師の男は口を開いた。食べながら話すタイプではないらしい。
「私は……」
「うん」
ゆっくりと口を開いた魔術師の男に薬術の魔女は聞くつもりがある意志を示すように、相槌を打つ。
「定型的な手紙等貴女に送っても仕様がない、或いは興味無いでしょうから送らなかっただけですよ」
口元を拭き、薬術の魔女に答えた。
「要らないでしょう」
「うん」
第一印象のおかげで、定型な手紙を送られても違和感を覚えるだけだっただろう。
「宮廷の仕事も忙しく、書く暇も抑無いのですが」
「え、じゃあ視察してて大丈夫?」
「上司命令ですから。……其れに、良い息抜きになります」
「へぇ」
だからといって、互いに手紙を出すようになるわけではないと、なんとなく察した。
学芸祭が終われば、今まで通りに無干渉の日々が続くだけだ。