薬術の魔女の結婚事情
あっさりと流される。
2体のゴーレム付きでの、店の営業は存外上手く行っていた。
商品が店頭から無くなっても、薬術の魔女がお願いすればゴーレム達が店の奥から商品を持ってきてくれ、彼女自身は店内や客に対応を集中するだけで済んだからだ。
店の休業の日に関して言えば、休ませないといけない安息日には店の奥で眠ってもらい、その日以外の店の休日では、片方を店の外に連れ出し、一緒に薬草抜きをした。
「んー、いっぱい手があると楽だねー」
薬草の採集に訪れた山の中で、薬術の魔女は、のびのびと楽しそうに零す。
ゴーレムを連れているお陰で、今までよりも圧倒的に短い時間でなおかつたくさんの薬草が採取できるようになったのだ。
それに、荷物が重ければ運んでもらえるし、薬品作りでも道具の用意や薬草を刻む作業、ただ混ぜるだけの作業も手伝わせることが出来る。
「2ごーちゃん、ありがとう」
今日はごーちゃんに店の番をしてもらい、2ごーちゃんと薬草を抜いていた。魔術師の男から受け取ったお守りもちゃんと持っているし、魔獣や精霊に襲われることも無い。
「よし、じゃあ今日はこれくらいにしよう」
抜いた草を袋に詰め、薬術の魔女は言う。
「えっと、薬草は調合するからお家に持って帰らなきゃ」
連れてきたゴーレムは明日も店の手伝いをしてもらうためにも、店に置いていかねばならない。なので、帰宅前に一旦、店に寄る必要があった。
しかし。ゴーレムを店に置いて行くならば、この今まで抜いていた薬草達を、たった一人で屋敷まで持ち帰らねばならない。
「……ちょっとめんどくさいなぁ」
楽を知ってしまえば、辛かった時期に戻るのはしんどくなってしまう。
「ん、お店で調合できたら、もっといいかも?」
そうすれば、薬草を持ち帰って作った薬品を店に持っていく、などと言う手間が無くなるだろうと考えた。
それに、作った薬達を荷台に乗せて店まで運ぶのは、仮にゴーレム2体に手伝ってもらうとしても結構な重労働だ。
だが、店で調合するとなると、薬品を生成する際のにおいや火の扱い、調合するための設備の用意など、気になる部分があった。
「あ、木のお札を使うのはどうだろ」
思い至り、少し考えてみる。踏めば身体丸ごと運んでくれる木の札ならば、屋敷で薬品の調合をしても問題はないし、色々の運搬がもっと楽になるはずだ。
学生時代に魔術師の男から貰った木の札は、まだ薬術の魔女が持っており、今朝も、ちらっと棚に置いてあるのを見た。
「……そうだ。あの人に聞いてみよう」
×
「ね、木の札とお店繋いでもいい?」
今日は丁度、魔術師の男も休日だったので、遠慮なく連絡を繋いだ。圧倒的に言葉の足りない問いかけだったが、
『……良いですよ。薬品の調合場所も変えずに済みますし、運搬も楽になるでしょうから』
彼は快い返事をした。魔術師の男には意味が通じたらしい。
『何時、貴女が私にそう仰るかお待ちしておりましたが』
むしろ、待ちの状態だったようだ。
「道中で買い物とかしてたからすっかり忘れてた」
『……』
てへ、と薬術の魔女が答えると、彼は押し黙る。
「それでさ、ごーちゃんたちも運べる?」
気にせず、彼女は運搬出来るものについて質問した。
『当然でしょう。『生き物のみ』と言った制限を掛けていた成らば服や持ち物付きでの移動等、出来ておりません』
「たしかにー」
薬術の魔女は頷く。
「だったら、おうちでまた新しく作ったお薬やゴーレムも運べるね」
『……若しや、未だに泥人形を作っておいでですか』
「うん。ゴーレムというよりは土を調合してるだけだけど」
『幾つ作るおつもりで』
「作れたら作る。調合してる土は予備だよ」
『然様ですか』
彼の声は、心底興味が無さそうな様子だった。
『因みに』
「ん?」
『装飾品は、指と手首の何方か片方だけ着用が出来るの成らば、何方が宜しいか』
魔術師の男から、唐突に質問を投げられる。
「んー。どちらか、だったら……」
少し考えて、
「薬草採りや薬品生成の作業で、軍手とかゴム手袋とか、色々な手袋を付けたり外したりするから……わたしは、手首の方がいいかな? 手袋の中に忘れて無くしちゃうかもだし」
薬術の魔女は答える。
『分かりました』
魔術師の男は短く返すと
『……他に連絡事項は?』
そう問いかける。今ので質問は終わったらしい。
「ん、ないよ」
『然様で』
そうして、連絡を切った。