薬術の魔女の結婚事情
あるものを買いに。
とある休日の朝。
「本日、外出しようと思うのですが」
薬術の魔女は、魔術師の男から声をかけられる。
「え、お出かけ!?」
「えぇ、買い物です。……予定は有りますか」
彼女が作った朝食を口に運びながら、彼は問いかける様に少し首を傾けた。
「んー、材料は足りてるから問題ないよ」
魔術師の男へ、薬術の魔女は上機嫌に答える。
「ごーちゃんたちは必要?」
と訊くと
「……二人きりが好ましいのですが」
そう、やや声を低くして言われた。
「ん! わかった」
嬉しそうに返事をする。二人っきりが良いという答えを貰えて、彼女は嬉しくなったのだ。
それから、2人は朝食を終えた後に身支度を整えて街に出かける。
×
「なんで魔術師のローブ?」
屋敷を施錠する魔術師の男に、ちゃんとめかし込んだ薬術の魔女は問う。
「此方の方が、何かと都合が良いのですよ」
「ふーん」
なんとなく、自分だけ張り切っている様な気持ちになっていたが、彼の格好も(デートに向いているかはさておき)それなりにきちんとした格好だったので、薬術の魔女は気にしないことにした。
「どこに行くの?」
秋の祭りに向け飾り付けがされ始めた街を眺めて、彼女は魔術師の男を見上げた。彼は逸れないように軽く手を繋ぎ、さり気無く歩幅を合わせ少し前を歩いてくれている。
「腕輪を、購入しに行くのですよ」
少し振り返り、魔術師の男は薬術の魔女に視線を向けた。
「なんで?」
腕輪は魔力放出器官、要は魔術社会に於いて重要な箇所に関わる装飾品である。なので、一例を除いては、魔術を使わせない罪人か魔力の出力を調整する必要がある魔術師ぐらいしか身に付けない。
ちなみに魔術師が身に付ける物は動物皮や植物性の腕輪で、罪人は腕輪ではなく金属性の魔錠である。これは、この国が冬が厳しいゆえに、ただの金属の腕輪だと肌を傷める可能性があるからだ。罪人は肌を傷めさせる刑罰のために、あえて金属の腕輪をあてがわれていた。
「……」
理由が分からずに首を傾げると、彼は少し不愉快そうに眉をひそめて足を止める。そして、
「貴女は、これから私達が何をするのか、もうお忘れですか」
と、確認する様子でゆっくりと言葉を投げかけた。
「えっと……お試し、期間……?」
急いで思考を巡らせ、思い至ったものを恐る恐る答えれば、彼は、にこ、と薄く微笑み
「ええ。つまり、私達は本当に婚約するのですよ」
そう教えてくれた。どうやら正解らしく、薬術の魔女はほっと内心で息を吐く。
腕輪を身に付ける魔術師や罪人以外の一部の例外、それが『婚約か結婚をしている者』だ。
「あ、そっか。契約……じゃなくて、婚約用の腕輪を買いに行くってこと?」
言われて、ようやく実感を持ったのか、薬術の魔女は少し頬を染める。
「はい。別に金には困っていませんが……制度で購入の保証もされておりますし、折角なので専用の店で買いますよ」
「う、うん」
婚約にはその『証』の腕輪が必要だということをすっかりと忘れていた。
「因みに、貴女は金属の類いで拒絶反応は出ますか」
次いで、魔術師の男は体質について問いかける。
金属性の腕輪は、一般的には婚約か結婚をしている者しか身に付けないので、つまりは婚約腕輪を身に付けられるか訊いたのだ。一般人向けは、罪人の魔錠と違い、肌が傷まないように魔術式が施される。
「ううん。出ないよ」
「そうですか。其れは良かった」
彼は心底安心した様子だった。
少し歩いて、薬術の魔女は貴金属を取り扱う店へ連れられた。
周囲が段々と高級な物を取り扱う店に変わり始めて少し場違い感を感じ始めていた時だったので、なんとなくで安堵する。
「……きらきらしてる」
しかし、やはり内装が煌びやかでいかにもな高級感を醸し出していた。薬術の魔女は魔術師の男に隠れる様に服を握って身を寄せる。
「腕輪は、何の様な物が良いですか」
「…………んとね、あんまり邪魔にならないやつ」
飾ってある物を自由に見て良いと言われたものの、薬術の魔女は店の雰囲気に萎縮していたし、何が良いかも分からなかった。
「……材質は」
「硬くて丈夫なやつ。壊れたら困るよね、たぶん」
ただ、土や薬品で汚れたり、加熱で曲がらないものが良いとも答えた。
「然様で」
軽く相槌を打つと、
「……そう仰るのでしたら、此れでも宜しいか」
そう、魔術師の男は鉱物の塊を二つ、ローブの奥から取り出した。白っぽい金属のようだ。だが、その金属の種類が分からなかった。
「ん? いいよー」
よく分からないのでそう答えるしかない。それに、彼が選んでくれた物ならば大丈夫な気がしたのだ。
「装飾は最も無駄の無いものを。而、此の材料で。大きさは……」
その後、魔術師の男は店長と思われる人物と何やら話し込んでいた。聞こえる端々の単語から、婚約用の腕輪についての話なのは理解できた。
「(……結構前から、色々な材料とか用意してたんだなぁ)」
彼は、腕輪に使う専用の金属と石等を自前で用意し、持ってきていたようだ。