薬術の魔女の結婚事情
触れ合う手の平
指先を触れ合わせるようになってから3日目。
今回も、まずは前準備として手袋越しに手と手を合わせる。
夕食と風呂を済ませた後で、居間にあるソファに座って行っていた。しかし手袋越しに手を合わせた時点で、薬術の魔女は既に赤面しているようだ。
「未だ直接触れ合って居りませんので、其れ程に恥じらわずとも」
「……そうだけどさ」
不思議そうな魔術師の男と手を合わせながらも、薬術の魔女は俯いてしまった。
次に何をするかが分かっているからこそ、余計に恥らいがあるようだ、と彼は察する。
それから。
互いに手袋を外して、いつものように指先で触れ合う。
じわりと混ざりあうお互いの魔力に、深く息を吐く。
「もう少し、先に進んでも良いのでは」
指先同士を合わせながら、魔術師の男は提言した。
「……さき?」
「次は手の平、です」
「んー」
首を傾げた薬術の魔女に内容を示すと、少しだけ顔をしかめる。それは心底嫌がっている、というわけではなく、少し怖がっている様な印象を彼は持った。
それならば大きな問題はなさそうだ、と魔術師の男は判断する。
「唯、以前より手で触れ合う面が増えるだけで御座います。痛い事等、何も無いのですよ」
「そうだけど……」
指先同士を合わせたまま魔術師の男が少し手を押すと、指同士がゆっくりと合わさってゆく。しかし、手の平同士はまだ触れていない。
「ん、」
小さく呻き、彼女は顔をくしゃくしゃにした。そして触れ合う際に僅かに跳ねた身体は強張り、随分と緊張している様子だ。
「……お嫌でしたか」
問いかけるも、魔術師の男は手を退かせる様子は一切も無い。触れ合えていないが、手のひらへと僅かに彼女の魔力や体温を感じ、少し気分が高揚している。
「んー」
すっかり喋らなくなってしまった、と内心で呆れながら、
「嫌で無いの成らば、もう少し触れても良いでしょう?」
と、彼はもう少し手を押した。
「…………ん」
僅かに、消え入りそうな声で彼女が許可をしてくれたのを確認する。
「では……ゆっくり、行きますよ」
三日月のように目を細め、魔術師の男は声をかけた。そのまま彼は手を動かして、薬術の魔女と手のひらをじっくりと合わせる。
指先よりも如実に感じ取れる体温と、肌の触れ合う感覚が心地良い。
彼女の魔力が、魔術師の男自身の魔力とじわじわと馴染み始める。それを感じると同時に、えも言われぬ甘い高揚があった。
「……如何、ですか」
上がりそうになる呼吸をどうにか抑えつつ、体調や様子を確認するために彼は薬術の魔女に問う。
「ん……」
顔を赤くさせ、彼女はぼんやりとした様子だった。
「おや、眠そうですね」
「ん。なんか、きみに触れると眠くなるの」
言う間に、薬術の魔女の瞼がゆっくりと落ちる。
「……もう少し、手を握っていても良いのですよ」
反応を見ようと言葉をかけるも、
「んーん。もうねる」
ゆるゆると首を振り、彼女は脱力した。
「然様で。……お休みなさいませ」
ゆっくりと薬術の魔女を横たわらせ、魔術師の男は彼女の手袋を手に取り、その小さな手にそっと被せて装着させる。そして、抱き上げて彼女の寝室へと運んだ。
×
自身に戻りつつ、魔術師の男は思考する。
「(如何やら、あの娘は眠くなる質らしい)」
と。
大抵は相性がどうであれ、自身の魔力放出器官に魔力が触れると血流が増加して気分の高揚を感じる。だが、今さっきの様子を見ると、薬術の魔女は眠気が誘われてしまうらしい。
恐らく、体温が上がることで気分が落ち着いてしまうのだろう。
これは体質の問題なので外部からの干渉でどうにかなる話ではない。
「(色々と面白く、興味深い方だ)」
むしろ、そのように特殊な方が面白い、と魔術師の男は小さく笑った。