薬術の魔女の結婚事情
売れ行き。
結婚を数日後に控えたある日、珍しいタイプの客が来た。その人物は鋼色の髪の若い男性で、身なりからして軍人に見える。
「いらっしゃいませー……あれ?」
他にも客が入ってきたので、そちらに対応して目を離しているうちに、居なくなっていた。
「……気のせいだったかな」
店の中には数名の客がいるので、いつのまにか出ていったのか見間違いだったのかもしれない。そう思い、薬術の魔女は深くは考えなかった。
それから少しして、
「いらっしゃいませー。……あ」
見覚えのある美しい金色の巻き毛の女性が店内に現れた。
「綺麗な巻き毛の人!」
「はい、その覚え方で良いです」
頷き、
「覚えて貰えているだけで光栄です」
と、にっこりと笑顔を浮かべる。
「そっかー!」
その笑顔に釣られ、薬術の魔女もにっこりと笑った。
「ところで、誰か来ませんでしたか」
そう問われ、
「うーん、さっきいた気がしたけど。いつのまにかいなくなってたよ」
「……そうですか」
先程のことを思い出しながら答えると、少し表情が翳った。
「……えっと、なにか買う?」
どう言葉をかければ良いのか分からなくて、ひとまず薬術の魔女はそう問う。
「はい。人探しで入ったのは確かですが、冷やかしで済ますつもりもありませんので」
「冷やかしでもそうでなくても、来てくれただけでわたしは嬉しいよ」
商品に目を向けるその姿に、薬術の魔女は言った。
「そうですか。でも、ちゃんと目当ての品はあるんです」
そう言い、とある商品をカウンターに置く。
「あ、お化粧水? それ新しいやつだよー」
商品を見て、薬術の魔女は笑顔で告げた。
「お試しとかしなくて大丈夫?」
と問いかけると「問題はありません」と返される。
「わたし、実はあなたの婚約者の方の部下で」
「へー、そうだったの!?」
魔術師の男が以前言っていた、『有能な部下』とは、この子のことなんだと薬術の魔女は頷く。
「あ、結婚相手以外に興味がないのでご心配なく」
「うん? あの人わたし以外に興味持ってないだろうからそういう心配はしてない」
言われた言葉に返すと、感心した声を上げた。
「へぇー。そうですか。ちなみに根拠は」
「そんな勘」
「……腕輪じゃないんですね」
「腕輪? なんで?」
薬術の魔女は心底不思議そうに首を傾げ、その様子に後輩の魔術師はなんとなく上司のことが可哀想に思える。
「まあそれは兎も角」
「うん」
「勧められたものを使ってみたら思った以上に効果が良くて」
「ふん」
「通鳥の方と手を組んで、沢山薬作って儲けませんか」
店に入ってきた時と同じ澄ました顔で、薬術の魔女を真っ直ぐに見る。
「もうけ?」
「はい。交魚の家とも協定を組んでいて」
詳しく話を聞くと、その『交魚の家』は友人Bの治めている『回遊』の集団のことらしいと聞いた。
そして友人Aを介して、生兎にも流通できるらしい。
「ふーん、そっか。考えとくねー」
「いいお返事、期待してますよ」
そして、たくさんの商品を購入して店から出て行った。
いなくなった後に
「いや、助かった」
と、突然男性の声が聞こえ、薬術の魔女は驚き振り向く。
すると、そこには先程居なくなったはずの鋼色の髪の若い男性が立っていた。
「この店の怪しい気配や様々な魔力のお陰だ。とりあえずお礼を兼ねて、色々買う」
そう言い、男性は商品をたくさん購入して、店から居なくなる。
「(……今の、だったんだろ)」
薬術の魔女は首を傾げた。