薬術の魔女の結婚事情
終わる制度。
二人を巡り合わせた『相性結婚』制度の終わりは、晩秋の虚霊の祭りの一月後に控えていた。
「今更言うのもですが、結婚は制度が終わってからでもよいのですよ」
夕食後、腿に乗った薬術の魔女の髪を弄びながら魔術師の男は告げた。
「そういえば、制度って終わるんだったね」
本を読みつつ、彼女は返事をする。本から視線を外さなかった。
「興味は皆無ですか」
常磐色の目を細めて彼が問うと
「んー、なんというか。この制度がなかったらきみとは会えなかったんだろうなって思ってる」
「ふむ」
答えながら、薬術の魔女は本の頁を捲る。
「だから、別に制度が終わろうとそうでなかろうとあんまり構わないんだけど」
手を止め、彼女は本を閉じた。
「せっかくだから、そのまま結婚しちゃおうよ」
魔術師の男を見上げて、薬術の魔女は言う。
「わたし達を巡り合わせてくれた制度だし」
そう言う考えもあるのだな、と彼が内心で思っていると、彼女の手が魔術師の男の両頬に触れる。
「きっと、その方がきみも都合がいいでしょ?」
そして、にひ、と悪戯っぽく笑った。
「……そうですね」
思わぬ言葉に、魔術師の男は固まる。
事実、『相性結婚で結ばれた』と言ってしまえば、それ以上の詮索はほとんど来ないだろうと、容易に想像できたからだ。
『薬術の魔女の監視』の仕事としては、多くの時間を共に過ごせる結婚の状態は手間も少なく不自然でない。
だが、『結婚生活の最中で不自然でないように仲睦まじく過ごす内に、情が移りいざという時に処分出来ないだろう』と、判断されるのは困る。知らぬ間に、新たな監視を追加される可能性があったからだ。
それに、年齢差に身分差、等々、共に居ることが不自然だと思われる要因が二人には多い。
しかし。相性結婚の制度で選ばれたなら、仲が宜しくない振りをしても不自然ではない。
選ばれたから、不仲でも離婚しなくとも不思議ではない。
選ばれたから、身分に差が有っても問題はない。
『なぜ選んだのか』と訊かれる面倒もない。
しかし。
「……貴女は、如何なのですか」
魔術師の男は彼女の顔を見下ろす。
少なくとも、『相性結婚で結婚したなんて可哀想』と言われるだろうことは想像に難く無い。
その上、貴族共から不良債権扱いされる『出来損ない』が相手だ。
「あのね」
薬術の魔女は魔術師の男を真っ直ぐに見る。
「わたしは、きみがいいの」
その珊瑚珠色の目に見つめられ、息が止まった。
「他の人なんかじゃなくって、何者でもないきみ」
言いつつ、彼女は手を握る。
「そんなきみにとって役に立つ制度なら、使わない手はないでしょ?」
「……」
「今は、信じてくれくれなくてもいいけど。……いつかは信じてくれると、嬉しいな」
薬術の魔女は、柔らかく笑った。
「えぇ。……信じておりますよ」
釣られて、彼も微笑んだ。