薬術の魔女の結婚事情

契約を結ぶ。


「アカデミー生ということは、寮にお住まいですか」

 魔術師の男は薬術の魔女に問いかける。

「そうだよ。さっききみが言った通り学年は第四学年で、薬学コース」

 頭2つ分(ほど)の身長差がある魔術師の男と薬術の魔女は、目線を合わせるためにも部屋にあった椅子に座り、情報交換をすることにした。

「ふむ、魔術(コース)ではなく?」

「うん。興味なかったからね。あと、薬学の方が面白そうだった。実際面白いよ」

然様(さよう)ですか」

 あまり興味なさそうな冷淡な相槌(あいづち)を打ちながらも、魔術師の男は聞いたことをメモしているようだ。

「きみの方は?」

(わたくし)は宮廷で魔術の研究と為政者(いせいしゃ)の真似事をしておりますよ。……他は守秘義務が生じるので言えませぬ」

「分かった。わたしは今、寮に住んでるんだけど、寮住みだったら何か問題ある?」

「いいえ。(ただ)……所謂(いわゆる)お試し期間……いえ、婚約の期間を何時(いつ)から始めようものかを考えておりましたもので」

「あ、同棲(どうせい)とか必要なんだっけ?」

「ええ、まあ。なので……卒業後からの方が好ましいでしょうか」

「あと3年後くらい?」

「そうです。(しか)し、制度は()くまでも制度ですので……()の間に良い方を見つけたの()らば(くら)()えをなさっても構いやしませんが」

鞍替えってなんだ。

「……初対面の婚約相手に堂々と別れの話ってどうなの」

「私は虫除け程度にしか()の制度を利用する()もりが無いもので」

 胡乱(うろん)な目の薬術の魔女に構わず、魔術師の男は答える。

「権力とか色々擦り寄ってくるのが面倒って事ね」

「そうです」
「はっきり言うね」

「ですので、気になる御方がいらしてもお気(づか)い無く、其の御仁(ごじん)と付き合うなり逢瀬(おうせ)するなりなさっても構いません」

「へぇ。そんな相手できるか知らないけどね」

 今まで一切居なかったし、これからも他にできるとは思えなかったのでてきとうに相槌を打った。

「もう一つ。……『薬術の魔女』殿」

「……なに?」

 婚約者になる相手同士なのに超他人じゃんと思いつつ、薬術の魔女は彼を見上げる。

「私の方から、『相性を確かめよう』と()うつもりはありません」
「うん?」

 彼の言葉に首を傾げ、ここは魔力の相性の良さで選ばれた場だったのだ、と思い出した。

 二人が引き合わされた『相性結婚』の制度は、相性を確かめて、場合によっては子供を作ることになる。だが、彼は虫除け程度にしか利用するつもりがないので、相性を確かめるつもりは、()()()無いということらしい。
 つまりは、相性について気になったら薬術の魔女の方から来いということか。
 薬術の魔女を見つめ、

(そして)ご安心召されよ。仮に相性を確かめる事態に()ったとしても、婚前交渉は致しませぬ」

そう、彼は静かに告げた。

「……こ、」

婚前交渉。つまり、『結婚するまでは一切の手を出さない』と彼は言ったのだ。しかし結婚をするならば、相性結婚の制度に(もと)づき子を成すためそれ以降は除外すると。

「うん。分かった」

 ある意味、それは彼女にとって安心材料となる。好きかどうかよく分からない相手と何かあったら、本当に好きな相手ができた時に後悔しそうだと思ったからだ。

「――まあ、未成年に手を出したとなると見聞(けんぶん)が悪い、いえ、悪過ぎますからね」

「そうだね」

視線を逸らし溜息混じりに吐いた言葉は、きっと彼の本音だ。だが、手を出された例を知っているので薬術の魔女は軽く頷いて口を閉ざした。
 彼なりの気遣いだと思うことにする。

 婚約を表す装飾品はお試し期間を始める頃に身に付けるので、『相性結婚』の相手だとお互いを認める書類に名前を書き込むだけで用事は()んだ。

 ということで。とりあえず婚約者とはなったものの、同棲や性格の相性の確認は卒業後からという事になった。そもそも、婚約期間の終了後に結婚するかも怪しいのだが。ちなみに魔術師の男は24歳らしい。9つも年上だった。
 そして、この2年の間に誰か良い相手ができても基本的には無干渉で、という話も決定した。絵に描いたような契約婚約になりそうだ。

×

「それってあなた的にどうなの」

 同級生の友人2人に「昨日はどうだった?」と訊かれたので、大まかな内容を伝えると、2人共に、怪訝(けげん)な顔をした。

「ん、まあそんなもんだよなぁって」

「結構冷静ね」

 同じアカデミーの制服を可愛らしく着こなす友人Aはふわふわなブルネットの髪を弄りながら、溜息を吐いた。

「だって結構年齢離れてたし、引く手数多(あまた)っぽそうだったし」

「どんな人?」

 友人Aと違い規定通りに制服を着る友人Bは、少し前のめりになって問いかける。

「顔は良い人」

「あなたが言う(ほど)って事は結構整ってそうね」

「そうじゃなくて、お仕事とか性格とか」

相槌を打ちながらも興味皆無(かいむ)な友人Aと、薬術の魔女の返答に「違う」と首を振る友人B。
 首を振った拍子に揺れる、友人Bの癖のない亜麻色の髪が綺麗だなぁと、思いながら

「宮廷で魔術師やってるらしい人。物腰が丁寧で上品な感じだけど、性格は今のところ分かんないかな」

そう答えた。向こうはあんまり教えてくれなかったので、答えようもなかった。

随分(ずいぶん)(すご)い人、捕まえたんだね」

「ただの確率だよ。そんな凄いものじゃないって。あと捕まえてもないし」

 相性結婚の通知が来た次の日、薬術の魔女はアカデミーに来ていた。ただの登校である。
 アカデミーでは昨日の薬術の魔女のような、相性結婚の話題で持ちきりになっていた。理由は、その相性結婚の通知が15歳ほど、つまりアカデミー四年生になる頃に届き始めるためだ。そして先週の学期初めから、その身に通知が届いた同級生が大量に発生していた。

 薬術の魔女は『とうとう撤廃(てっぱい)しそうだからできる限り組み合わせを叩き出して(わず)かでも成果を上げたい』とかそんな理由だろうと思っている。
 「好きな人いるのに」とか「見た目が好きじゃない」とか、そういった話題で同級生達は(さわ)いだ。おまけに、誰に通知が来たのか廊下に貼り出す迷惑仕様なので、薬術の魔女に通知が届いていることも大勢に知られている。

「席に着けー。HR(ホームルーム)を始めるぞー」

 担任の声に、ようやく教室は静かになった。

×

 数週間ほど経つと、『相性結婚の相手が気に入らない』という声がちらほらと聞こえ始める。通知が来てすぐに同棲を始めたり色々やってみたりした人達の不満の声だ。そして、

「確かに、相性()いいんだけどね」

という言葉がそれの文頭か文末に大体付く。
 何が、とは言わなくともなんとなくは分かる。魔力の相性の話だ。魔力の相性が良いと『色々とイイらしい』という話もよく聞くので、まあ、そういうことだ。

 薬術の魔女は、図書館で本を読んでいた。普段は薬草の図鑑や学術書を読むが、なんとなくで物語の本を読む。すると、

「本当に、無理。もうやめたい」

と、(なげ)く学生の声が聞こえた。その周辺にその学生の友人もいるようだ。
 盗み聞……偶然聞こえた内容を要約すると、『魔力の相性は良いかもしれないが、性格が絶望的に合わなかった』ということのようだ。学生でも寮生活を途中で辞めて同棲している話はよく聞いていたので、あまり驚きは無い。

「……(割と()()()()()色々やってるもんだなぁ)」

 自分のところとは大違いだ、と思いながら、『虫除けにしたい』と言っていた魔術師の男を思い出す。思い出しながら、

「(あの古臭い言葉(づか)いは貴族だよなぁ)」

とも、なんとなく思った。所作(しょさ)もどことなく上品だったし。
 そして、貴族の大半はこの制度に反対していること、この制度の弊害(へいがい)で哀れな平民がどんな目に()っているのかを、思い出す。平民とは結婚したくないが『相性が良い』その部分を捨て切れない貴族に、娼婦(しょうふ)もどきをやらされている平民が、実は結構多いのだ。

「(ま、本当に虫よけ程度(ていど)にしか考えてなさそうだし)」

 この数週間、全くの音沙汰もない。手紙の一つだって届きやしない。

「(わたしも似たようなものだよね。何もやってないし)」

 こちらに干渉してこないのならば別にどうだって良いと思う薬術の魔女だった。

×

 秋の中旬。大体の学生が新しいクラスや授業に慣れ始めた頃に、新しい刺激がやってくる。

「――ということで。例年と同じように、しばらく卒業生の方々が視察で来ています。失礼の無いように」

 1限目の冒頭で、共通科目の基本魔術応用の教師は学生達に告げた。
 卒業生、というか城勤や軍部の魔術師達が、未来の同僚を漁りに、または質の確認に来たのだ(と、薬術の魔女は思っている)。魔術師達が居る間は、学生達もそれなりに静かでいてくれるだろう。
 この視察は毎年の始まりから大体半月から1年の間かけて行われる。この期間の差は、ただ単に半月で来るのを辞めるか、1年通い切るかの差だ。そういう契約なのか、ただの自由意志なのかは定かではない。
 大体、初めの頃は毎日のように来て、やがてフェードアウトしていく魔術師が多い。あと、後期の冒頭にも続投が来る。

「(あんまりわたしには関係ないなぁ)」

 と、頬杖を突きながら、視察に来たらしい魔術師達を見る。魔術師達が視るのは主に魔術コースの学生や授業の様子であって、薬学コースの授業には一切来ないし興味も持っていないだろうから。
 若い魔術師達は丁寧に挨拶をするものの、なんとなく学生達(こちら)を見下しているようにお高くとまった雰囲気だ。

「宜しくお願い致します」

「……あっ」
「え?」
「どうしたの」

 その中に、婚約者の魔術師の男がいた。
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