薬術の魔女の結婚事情
心とは度し難い。
「(なに、あの顔)」
薬術の魔女は戸惑いを隠せないでいた。昼休みの時間に見た魔術師の男の表情が、脳裏にこびり付いて離れない。
「(……文句があるんなら直接言えばいいのに)」
薬術の魔女は文句があれば直接言う派なのである。あるいは態度に出すタイプ。
「(あ。貴族って遠回しに嫌味とかいうんだっけ)」
図書室で読んだ、貴族の大まかな習慣や貴族に関する話、物語を読んだ時も大体似たようなことが書かれていた(それか、そうだと読み取れる内容だった)のを思い出す。
「(直接指摘するのは子供っぽいとか、上品じゃない、みたいなやつ)」
わたしだったら気付かないだろうな、と思いながら授業を半分くらい聞き流していたのだった。
×
相変わらず、身元不明の視線と無くし物は続く。しかしあれ以上酷くなることはなく、むしろ少し落ち着いたくらいである。
薬草園側の温室でいつものようにお弁当を食べていると、視線を感じ
「……全く。何か言いたいことがあるんなら、はっきり言ってくれる?!」
と、視線の方を向くと
「おや。今回は、気付くのが御早いですね」
薄く微笑む魔術師の男が居た。
「…………きみなの?」
ものを隠すとか、捨てるとか、そんなことを彼がしたのだろうか。
「何が、でしょうか」
魔術師の男は目を細め、ゆったりと首を傾げる。
「最近、ずっとわたしのこと見てる?」
「…………はて」
魔術師の男はすっと目を逸らした。その動作から、彼はずっと『薬術の魔女を見ている』のだと、察した。なぜか、そのことが酷く心を穿った。
「……もの、隠したりしたのも……きみ?」
そっとその顔を見て
「……っ!」
薬術の魔女は顔を凍らせる。
「その顔、なに」
魔術師の男が、酷く冷たい顔をしていた。まるで、物体を見ているだけのような、蔑みの混ざったような顔だ。
そして
「んむ!」
片手で顎、というより両頬を掴まれ、強制的に顔を合わせる羽目になる。勝手に視線が彼のものと合わさり、無理矢理固定された。
彼との顔が近いので、彼はやや上体を折り曲げて薬術の魔女の顔を覗き込んでいるようだ。後頭部にもう片方の手が回され、完全に逃げられなくなった。
「…………なに、するの」
問いかけても魔術師の男は答えず、薬術の魔女の目を見つめ続ける。
彼の常盤色の目と瞳孔がきゅうっと細まり、値踏みをされているかのような、中身を見透かされているような居心地の悪さを感じた。
「……ねぇ、」
瞳の奥にある赤い色がよく見える、と、思った直後、目を通して何かが繋がったような感覚に陥る。
「答えてよ、」
魔術師の男が滲んで見えた。いつのまにか涙が溢れていたらしい。それでも、瞬きところか身動きができないので、そのまま涙が溢れる。
「……物好きな方も、いらっしゃるようですね」
しばらく見つめた後、溜息を吐き薬術の魔女を解放した。解放する直前に、魔術師の男は薬術の魔女の涙を指の背で拭う。
「…………それってどういう意味」
震える声で問いかけると
「私は貴女の持ち物等、隠して居りませぬ」
真っ直ぐに薬術の魔女の顔を見つめ、魔術師の男は答えた。
「……ほんと?」
「無論です。寧ろ、隠す事に意味を見出せません」
「意味って……」
呆れながらも、薬術の魔女は魔術師の男がもの隠しの犯人でないことに心底安心したのだった。そして、自覚をしていなかったが、意外とそれが精神的にダメージを与えていたらしいことを知る。
「…………まあ、貴女の泣き顔を見る意味位には役立ちましょうか」
「えっ」
「……冗談で御座いますよ」
にこりと優雅に微笑まれたが、薬術の魔女はちょっと引いた。
×
「ものを隠したのがきみじゃないってのが本当だったとして、じゃあなんでわたしのこと見てるのさ」
薬草弁当を食べながら、薬術の魔女は魔術師の男に問いかける。
「……因みに、何時、何処で『見られている』と感じたのか伺っても?」
魔術師の男は笑みを浮かべたまま、質問で返した。
「えーっと……共通中間テストの終わった頃?」
薬術の魔女は、初めに視線を自覚した時のことを答えてみる。
「…………ふむ」
笑みが止んだ。
「それは、私では御座いませんね」
「え?」
「私は中間テストで法律以外で一位、そして法律は合格点を不合格間際で掠め取っていながらも学年一位を捥ぎ取った貴女の其の後等、見ておりませぬ」
「そんな具体的に当てといて、なにいってんの」
思わず食事の手を止め、真顔になってしまう。
「『その後』と、云ったでしょう」
「……そうだね……?」
どうやら、原因不明の視線の持ち主は彼ではないらしい。他にも視線を感じた瞬間の話をするが
「其の授業には私は居りませんでした」
「其の時は別の学年の視察をしておりましたね」
などと言われ、即座に否定された。
「……じゃあ、きみってばいつ、わたしのこと見てるのさ?」
逆ギレしながら魔術師の男を問いかける。
「…………私は、『見ている』とは答えておりませぬ」
「そーだけど、じゃあなんで視線を逸らしたの」
「……黙秘致します」
「なんで!?」
それでもなお、しつこく問い詰めると
「………………授業の最中、」
目を逸らしながら魔術師の男はようやく答えてくれた。
「共通授業で、視察の教室が被った際に観ておりました」
「……へ?」
「視線が勝手に追うのです。……此れで、満足でしょうか」
やや早口に、会話を切り上げられた。
「……(……それってつまり……)」
どういうことだ。
興味深い、ということだろうか。あまりはっきりと理解はできなかったものの、なんだか嬉しいような、むず痒いような心地になる。
「……処で」
やや低くなった声で魔術師の男が声をかける。
「ん、なに?」
食べ終わった弁当箱を片付けながら、薬術の魔女は返事をした。
「何故、貴女が私を避けていらっしゃるのか伺っても?」
「え」
顔をあげると、魔術師の男はやや不機嫌そうにこちらを見下ろしている。
「……答えて下さらない?」
「い、いやだって……結構くだらない内容だと思うんだ」
「……下らない、と?」
「…………怒んない?」
「扨。其れは内容にも依りますねぇ」
「むー……」
魔術師の男はじっと薬術の魔女を見つめて、答えを待っている様子だ。
「……なんだか、きみを見ると恥ずかしいというか、体の内側がもぞもぞして落ち着かなくなる」
意を決して答えると、
「…………成程」
ふ、と息を吐いて魔術師の男は少し、口の端を吊り上げたのだった。
「ちょっと! なんで笑ったの?!」