薬術の魔女の結婚事情

年越


 『勝手に目が追う』とは云ったものの、実の所、それは虚言である。

「(……いえ。確かに、()()()()()勝手に視線で追うのですが……)」

 横に座る薬術の魔女をちら、と見ながら思う。
 魔術師の男自身の相性結婚の相手が、割と見ていて楽しい人物である事は否めない。だが、それまでの感情でしかない。

「(……丸で、私が彼女を好いているかの様な、)

 誤解をするであろう言い方になってしまったが、それ以外であの状況を逃げる事は出来なかった、はずだ。
 薬術の魔女は、ただの相性結婚の相手だ。余計な感情は不要である。おまけに、余計な感情(もの)を持ち合わせてしまえば、宮廷では弱味(よわみ)となる。

「(逆に、其れを利用するか)」

 『薬術の魔女(婚約者)が弱点』だとすれば、周囲は彼女を狙うだろう。

「(……いや、)」

 しかし、そうしたのならば監視の仕事に支障が出るのではないのか、と魔術師の男は思い直す。『情が有るならば、いざ()()する事態になった際にその刃が鈍るのではないか』と。
 この、『薬術の魔女の監視』という仕事を外されるのは、なんとなく嫌だった。
 先程の、『見ている』事に気付いたような言葉に、監視の役が看破されたのかと魔術師の男は一瞬冷や汗をかいたが、彼女は魔術師の男のものではない視線の話をした。

「(抑々(そもそも)、視線に気付く筈も無い)」

 視線を気付かれる訳もない。それもそのはずで、魔術師の男自身では直接()()()()()のだから、()()()()()のである。
 彼は札や式神を使い、数名の観察を行なっていた。なので、その場に直接居ても居なくても監視の仕事はできるのだ。
 わざわざ魔術アカデミーまで出向いているのは、『命令に従い、反抗する意思が無い(或いは薄い)』ことを見せるだけの演技だった。

「(とは言いつつも、最近は()()()()()()()()()())」

 仕事で必要があったとはいえ、らしくない程に干渉してしまった。
 それに、最近なぜか彼女に避けられていた状態にやや苛立ちを覚えたり、それが嫌悪ゆえの逃避でなかったことに安堵したりと、非常にらしくない。

「(……もう少し離れねばなるまいか)」

そう思いつつも、彼女はかなり長い間、身元不明の視線と物隠しに悩まされているらしいと知った。
 彼女はあまり気付いていない様子だが、大分精神的に弱っている。

「(()れが済んでからの方が宜しいか)」

存外、情を持ってしまったか、と魔術師の男は小さく息を吐いた。

×

「ね、きみって年越しはどうするの?」

 外は強く冷たい風が吹くからか、最近では薬術の魔女は温室で弁当を食している。毎度思っているのだが……何故、薬草塗れの弁当なのだろうか。薬術の魔女だからなのか。

「私は仕事があります(ゆえ)、今年も職場で迎えるのですよ」

 年越の儀のために国を護る結界を張らねばならないし、貴人達を護らねばならない。

「へぇ、大変そうだね」

「其れが私の仕事ですから」

 宮廷に仕えてから、ずっとそうだった。此れからもそう()()()()()()()()()
 そもそも、魔術師の男は家族等と過ごした記憶がなかった。

「そっか」

「……貴女は帰省なさるのですか」

「うん。おうちに帰るよ」

訊くと、彼女は実に楽しそうに頷く。確か、自然豊かな森の奥に住んでいるのだったかと、魔術師の男は思い出す。

「たくさん保存食とか買って、山籠りするんだ」

「山籠り、ですか」

「そうだよ。あ、薬とかもたくさん作るつもりだからさ、何かいいのできたらあげるよ」

「然様で」

 実家の事を考えているのか、彼女は普段よりも楽し気な様子だ。

×

 年越の儀の最中は空気が張り詰め、普段は無益な足の引っ張り合いをしている者達も静かで居る。

「(……()の空気が、好ましい)」

 静かで、誰も無駄な事をせず誰も干渉しない、この(おごそ)かな空気が。

『……』

 高僧達が文言を読み上げる度に、魔力が高まり空気が張り詰める。

「(……嗚呼、)」

至極真面目な顔で要人を護りながら思うのだ。

「(()()()()()()()()()、私如きに破られてしまうというのに)」

 嫌味を被せられる度に、冷ややかな目が背に刺さる度に、何度破ってやろうと思ったことか。

「(……まぁ。後が面倒なので、致しませぬが)」

内心で溜息を吐く。
 年越の儀が終了すると、後は社交的な会合、宴、酒池肉林とまではいかないが、随分と欲望の渦巻く場所へと様変わりする。
 先程まで真面目な顔で術式を組み上げていた者共が、下卑た顔で酒を飲み、情を交える。

「」

 かけられた声の方に目を向けると、惜しげもなく肌を晒した女が、酒と場の雰囲気に呑まれたのか赤らんだ顔で撓垂(しなだ)れかかる。

「……」

実に詰まらないと、それに手を伸ばした。

「(嗚呼、このまま春(など)、来ないで欲しいものだ)」

 ずっと、冬のままで良い。
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