薬術の魔女の結婚事情
おやすみ。
テストが終わると、学校は冬季休暇の話で持ちきりになる。『どこに行くのか』『誰と過ごすか』『何をするのか』、話したい人は勝手に話し、知りたい人は周囲に聞きまくっている。
「(他の人のこと、何で知りたがるんだろ)」
内心で首を傾げながら、薬術の魔女は赤の他人のくせに予定を聞きたがる声をのらりくらりと躱した。
友人や身内の間柄ならともかく、全くの赤の他人が相手を知りたがる心理が、薬術の魔女にはいまいち分からなかった。
それに『仲良くしたい』『とりあえず知りたい』『自分の話をする布石』『自分の方が優れているアピールの前準備』など、そんな思惑があっても、薬術の魔女には心底どうでもいいことだったからだ。
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「折角の休みなのに、婚約者の人と一緒にいないの?」
友人Aは心底驚いた様子で薬術の魔女を見、
「まあまあ。絶対に一緒にいなきゃなんないとかそんな法律はないんだから、それくらいは良いんじゃないの?」
それを友人Bが宥める。友人Aと友人Bの話術により、いつのまにかこれからの冬季休暇の予定を話してしまった薬術の魔女だった。
「んー、わたしはもう先にそう約束してたし、向こうもなんかお仕事なんだって」
「ふぅん?」
「あー、そういや年越の儀とか言うやつが城であるんだっけ」
冬季休暇前に、そんな会話をしていた。
「じゃあ、また来年ね!」
「はいはい。気を付けてね」
「風邪引くなよー?」
薬術の魔女は登山でもするかのような厚着で、友人Aと友人Bに別れの挨拶を交わす。わざわざ、駅まで見送りにきてくれたらしい。
薬術の魔女の実家は、魔術アカデミーのある王都から列車に乗って2日ぐらいの場所にある。今はまだたくさんの乗客がいるが、薬術の魔女が下車する頃にはだいぶ伽藍堂になっているくらいの田舎だ。
「きみたちも気を付けてねー」
薬術の魔女は実家に帰るが、友人Aと友人Bは学校に留まるのだという。
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虚霊祭が終わるとそのあと1ヶ月と少しで年が明ける。
この国では年末を挟んで前後1週間は特別な日になっている。虚霊祭ほど騒がしくはないものの、その2週間も、国民達の楽しみの一つだ。
特に年明け前の1週間の第一日目は、どこかにあるらしい『聖なる木』を模した、国中の針葉樹に様々な装飾がされ、国中が華やかになるのだ。
そして、その日の夜は聖人や聖女による祝福があるようで、良い子にしていた子供達の元にプレゼントが贈られるのだそう。
そのプレゼントを贈ってくれる者の正体は……聖人や聖女、ということになっている。ちなみに、薬術の魔女は毎年、実家に帰省したその次の朝にもらっている。
「今年は何くれるのかなぁ……新しい薬草図鑑かな? それとも、滅多に採れない薬草の標本かなぁ……」
薬術の魔女は祝福に少し、想いを馳せる。去年は薬草を使った料理本であった。
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列車での帰り道は、薬術の魔女の楽しみの一つだ。滅多に乗れないものでもあるし、流れて行く景色や空気感で、生態系をなんとなく予想するのも楽しいからだ。
薬術の魔女が乗車したものは人ひとりが横になれる程度の個室で区切られた列車、つまり寝台列車である。
そして、薬術の魔女が居るのは安価な総室だ。今はまだ早朝なので同乗者は居ないが、薬術の魔女はあまり迷惑にならないよう、大人しくすることにした。
昼ごろになり、くぅ、と腹が鳴った。廊下を進む人の姿を時折見かけるが、同室者はまだ居ない。
「さーて、お弁当お弁当」
薬術の魔女は自身の荷物から弁当箱を一つ出し、開ける。と、中からわさっと薬草達が溢れ出す。
「んー、自然の中でのお弁当もいいけど、旅のお弁当もやっぱおいしー」
もしゃもしゃ、のんびりと薬草を食べる。薬術の魔女が居る場所は貸し切りではないので、例え駅弁を購入する程度の数分でもあまり荷物を置いて離席をしたくはないのだった。
「同室いいですかぁ? ……ってあ、」
「? 同室いいですよー」
入ってきた少女に、薬術の魔女は首を傾げ、
「あー、その2ちゃんか」
「……誰です? それ」
相手が胡桃色の髪の少女、転入生その2であることに気が付いた。
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「……」
「んー、おいしー」
薬術の魔女は持ってきた薬草弁当を食べる。その2は途中で購入したらしい駅弁をちまちまと食べていた。
「どうしたのさ、そんなに気まずそうな顔して」
「……な、なんでもないですぅ……」
その2はなんだか、居心地が悪そうな様子だった。
あまり関わりのない同級生と同じ部屋になったことが良くなかったのかな、と思いながら薬術の魔女は薬草弁当を完食した。
やがて、空の色がだんだんと暗くなり始めた頃、警備のためか、数名の軍人達が乗車してきた。彼らは夜中も稼働するこの列車が魔獣に襲われないために、国から派遣された人達だ。
「(無賃で乗車して、かつお金もらえるって不思議だよねー)」
夕食代わりの二つ目の薬草弁当を食べつつ、体格の良い彼らを、ちら、と見てそう思ったのだった。
そして、ふと魔術師の男は職場で年を越すと聞いていたが、その後は家族と冬を過ごすのだろうかと、ちょっぴり気になったのだ。
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「……あのぉ、ここってお風呂とかシャワー室とかってあるんですか?」
「ん? ないよ!」
「……そぉ、ですか」
すっかり暗くなった時、ふとその2が薬術の魔女に問いかけた。
「あれ、もしかして寝台列車使うの初めてなの?」
「……そうじゃないですけれどぉ、……まあ、ここではそうなんですぅ……」
「ふーん?」
不思議な言葉に首を傾げながらも、初めてなのかぁ、と思った薬術の魔女だった。二人は景色を見ながら談笑することはなく、魔術アカデミーから出された課題を消化していた。
はぁ、と溜息を吐いたその2に、
「やっぱ色々気になっちゃうよね?」
と、問いかける。
「……はい」
その様子に仕方ないなぁ、と(少し得意げに)息を吐き、
「せっかくだから、貸してあげるよ!」
と、薬術の魔女は自身の鞄を漁る。
「……?」
「浄化用の魔道具ー!」
効果音が出そうな様子で取り出したものは、キャンプや旅のお供にもってこいの魔道具だ。この道具を稼働させると、使用者の身体が浄化され、綺麗になるのだ。要は風呂。少し強めのものなので、浄化は服にも作用し、ついでに洗濯の効果も与えてくれる。
「2回使えるからそのうち1回目、使いなよ」
「……え?」
「遠慮しないで。きみ、女子力高い系っぽいからわたしだけ先にさっぱりして恨まれたくもないし」
「……はぁ、」
あけすけなことを言いながら、薬術の魔女はその2に魔道具を手渡す。
「使い方は簡単。そのスイッチを押すだけ。服も一緒に綺麗になるお徳用だから結構すっきりするよ?」
「……!」
その時、その2目に涙が浮かんでいた。
「……うえっ?」
突然のことで薬術の魔女は目を白黒させる。
そして、泣きながら装置を使ったその2はしばらく泣き続け、そのまま泣き疲れて眠ってしまったのだった。
「(……そんなに、お風呂入りたかったのかな?)」
「ふぃー、さっぱりした」
ひと息つき、身を清めた薬術の魔女は出入り口をきちんと施錠し横になった。
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「ありがとう、ございましたぁ」
朝起きてから、なぜか再び泣き出したその2は、先に列車を後にした。
「(……なんだったんだろ、あれ)」
ヒス系の情緒不安定じゃなくて良かった、と思いながらその2を見送った。
そして、二度目の夕方に薬術の魔女は下車をした。共に下車をする者など、一人もいない駅だった。
「日が落ちる前に、早く帰らなきゃ」
薬術の魔女は背負う鞄をしっかりと握りしめ、自宅に向かった。
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そして、薬術の魔女は家に帰り着く。冬季休暇の他にも夏季休暇などでも帰省するが、肉親が出迎えてくれる実家は、やはり安心するものだった。
薬術の魔女は家族と暖かい部屋の中で温かい食事とともに、自身の学校生活の話や休日の話などをし、家族もその身に起こった出来事を話す。
食事が終わればその片付け、風呂、寝る準備などを済ませ、
「おやすみなさい」
家族に挨拶をし、ゆっくりと眠りに就いた。