薬術の魔女の結婚事情
仁愛
宮廷は普段通りに多忙で、それでいて閑暇である。
現在は年越の儀を終え、既に政務は次の春来の儀に向け動いていた。それは名の通り、春を迎えるための儀式のことだ。
統治に関しては基本的に封建制の影響で、余程な内容以外は各領地の領主達に任せている。そのために王都は地方の統治にそこまで気を回さなくて済み、主に国全体を守護するための祭礼に力を割いていた。
「(お陰で、貴族依りも教会の方が力をつけている土地も有りますが……)」
小さく息を吐く。
確かやけに金払いの良い恥知らずな男爵の領地の周辺も聖女の伝承や教会の力が強かった土地のはずだ。
「(現在の記録通りでは既に国への従属を誓い、色々と施設の閉鎖や売却を行なっている様子ですが……)」
男爵が聖女候補を保護していること、教会へ金を注ぎ込んでいること、その金の出所など、色々と気がかりな点があるものの、それはこちらの仕事ではないので、深くは踏み込まない。
「(本物の為政者殿に頑張って頂かねば)」
思いつつ、筆を手に取る。
×
休日。街へ下った。
特段に用事はなかったが、市井の者達の様子や噂の見聞には適している。あまり高位の貴族達が出不精なために、こうして魔術師の男のように街に下るのを気にしない者が様子を見に行かねばならない。
無論、目立たないように眩ましの術をかけた上で、だ。
「……(……そういえば、『愛の日』等と云う日が近いのでしたね)」
薔薇色や桃色に色付く街に、ふと思い出した。儀式と関係のない、だが人間関係には様々な影響を与える日だと。
『愛の神の祝日である』『愛や結婚に献身した司祭が死んだ日である』と言われているが、その部分は心底どうでも良い。
この日を広めたのは記録によると転移者で、その転移者もその話と同じように愛に生き愛を広めた者とされている。
「(だからと言って、此方に何か有る事も無し)」
その聖女は『王と結ばれた』『宰相と結ばれた』『騎士と結ばれた』だのと様々な文献を残しているが恐らく創作だろう。
「(そうでなければ、その時の治世が余程狂っていたとしか……)」
書物によっては敵国の者や神の類と結ばれたとの記録もある。
「(其れが事実成らば、何とも末恐ろしい)」
いや、記録は過去の物なので末が現在であるので、(今の所は)大丈夫だろう。
「(史実の聖女が如何であれ、今回の聖女候補とやらの転移者は幾分かまともか)」
数日前に自身の行為を心の底から恥じ、きちんと薬術の魔女へ謝罪をしたためだ。
「(あの、自称勇者とは随分と違う様子)」
あの者は現在、やや陰った目であるものの、大人しく学生生活を送っている。周囲は友人や親衛隊とやらに囲まれ、何不自由無く生活しているように見える。
×
「……はて」
周囲を観察し、話し声に耳を傾けながら街を歩いていると、婚約者の薬術の魔女の姿を見かけた。
「(……何故、私が身を潜め隠れなければならないのか)」
建物の影で溜息を吐く。
気が付いた時には既に、身を隠していた。眩ましの術を掛けているので見つかることはないというのに。
「……」
そっと物陰から彼女の様子を伺う。最近は視線に敏感な様子だったので、懐から紙と筆を取り出し、即興で代わりの目を作り上げる。
普段のものは音を中心に返す様構成しているが為、はっきりと確認するには新たに生み出す方が早い。
そして、出来上がったそれに息を吹きかけ、宙に放った。
「……ふむ、」
どうやら、薬術の魔女は店頭に飾られている菓子を眺めている様子だった。
顎に手を当て柳眉をひそめ、非常に真剣な表情だった。
「(……薬草の店、では無いか)」
看板に視界を向けるが矢張り、生菓子や焼き菓子等の店だ。
観察している内に魔女は店内へ入る。代わりの目は彼女を追わせずに店の外で待機させた。そして、しばらくすると袋を持つ彼女は店を出る。
「(何かを購入した、としか分かりませんね)」
ふ、と息を吐いたところで知ってどうするのだと、呆れた。