薬術の魔女の結婚事情
春来
※今回は嘔吐などの描写があります。苦手な方はご注意ください。
※また、薬物使用的な描写がありますが推奨しているわけではありません。
そして、それらの効果、感覚、感想など全て、この世界独自のものなので現実のものとは全くの別物であることを明記します。
いくら薬品の影響とはいえ、柄にもないほどに、彼女に関わりに過ぎた。明らか過ぎる程に明確な精神の高揚と、精神の鎮静を感じている。
「(……これも、『春来の儀』が為)」
酩酊しかける程に強い薬でないと、これからの苦痛に耐えられないとされている為だ。
足取りが乱れないよう、魔術師の男はゆっくりと床を踏み宮廷内を行く。
しかし先程薬術の魔女に逢いに行った頃から別の気分の高揚を感じていた。
抱き上げた時の身体の軽さに、その肉の柔らかさに、その香に。
「(……いけません、此の儘では集中が)」
一度、頭を冷やすべきかと頭を過ったが、儀式が終わるまでは薬抜きは勿論、儀式用の薬以外の薬や魔術の使用がほとんどできない。許可がされない。諦めて、精神力で対処する。
春来の儀には酷い苦痛と嫌悪が伴う。それから逃れるためか、神と繋がりやすくするためか、儀式に携わる宮廷魔術師達は精神の高揚と抑制を伴う薬の摂取が義務付けられている。
薬を受け取るために、香の炊かれた部屋まで足を運ぶ。嗅いだだけで気が触れてしまいそうな程の強い香に、やや顔をしかめつつも目の前の者から錠剤を受け取る。
「(……嗚呼、非常に莫迦莫迦しい)」
薬で『神と繋がりやすくなる』事実はなく、儀式の品質や効果に変わりはないと言うのに。ただ、宮廷魔術師達の苦痛を和らげることにしか意味が無い。
「(其れに、私には和らげる効果すら齎されない)」
単に、体質の問題である。他の者には良いだろうが、魔術師の男にとっては精神の高揚と抑制が行われ、身体を蝕むだけの薬だ。
薬の副作用で魔力は増強するが、苦痛も、嫌悪も、強さは変わらない。
薬の形状は魔力の抑制を行う薬と同様に、錠剤、粉末状のものと、直接粘膜から摂取するための煙草型のもの、注射器で直接体内へ注入するものがある。
宮廷では、外部への流出を防ぐために、監視者の目の前で、錠剤の薬を飲み込まねばならない。
「……どうぞ」
虚な声と共に差し出された杯を受け取り、中の液体と共に錠剤を呑み込む。
飲み込んだ後は口を開け、口内の検査も行われる。口腔前底、舌下、咽頭を、診られる。だから、摂取したくなくとも隠す事も出来ず、呑み込まざるを得ない。
その後は、同じ香を炊かれた別の部屋で精神統一を行い、体内に保有する魔力量を強制的に増加させる。
薬で増加された魔力を更に増加させ、肉体の限界まで過剰に魔力を保持した状態に保つ。
これを、儀式が始まる半月前から儀式の開始まで毎日行う。
唯一の自由を許された時間は6時から10時の仕事時間だけで、他の時間は全て生理的活動か瞑想にのみ使われる。
「(……未だ、まともな正気を保っていられる時期で良かった)」
などと、既に酩酊し真面でない頭で考えながら、婚約者を想う。
×
「其れでは、『春来の儀』を始める」
儀式をただ見守るだけの飾りの高僧が、部屋の外から儀式の開始を音頭する。
低い、鐘の音が鳴り周囲に染み入る。それが部屋の壁に届いた直後、特殊な結界を生み出す。同じ鐘の音でなければ解除されないそれは魔道具、ではなく呪物の結界である。
そして、中に残された宮廷魔術師達は最後の薬を飲み込み、書物を手に、神を召喚する文言を唱える。
これから一切、全てが終わるまで、休むことは赦されない。言葉を詰まらせることも、水を飲むことすらも。
最後の薬は特段に効果が強く、頭が酷く冴える。それでいて、身体の奥が熱く、燻るようで。
場合によってはこの時点で永遠に気絶する者も現れるが、今回は皆、無事に意識を保ったままだ。
儀式が、始まる。
×
一体どのくらいの時間、文言を唱えたであろうか。それすらも考えられないほどに、ずっと呪文を唱えて続けている。
喉が枯れ、口が渇いても止めることは出来ない。
数名は口から血を零しながら、其れでも必死に口を動かし続け、声を出していた。
そして
《》
『春の神』が部屋の中心に現れた。
全身から腐敗したかのような甘ったるい香りをさせた、熟れきった女のような姿の神が。
神が現れた直後から、ようやく外でのんびりと静観していた高僧や年老いた宮廷魔術師共が呪文の補強として呪文を唱えだす。
結界外部の者共が発する文言は、神をその場に抑え込むための文言であり、結界内の宮廷魔術師達が唱えていた文言の補助だ。
結界内の宮廷魔術師達は、神が現れたこの後から真面に文言を唱えられなくなる。
《》
此処からが正念場だと、言葉が途切れ無いよう気を付けながら、静かに目を閉じ備える。
《》
神が何かを発した直後、結界内の宮廷魔術師達から魔力が吸い上げられる。身体中の細孔が拡げられるような感覚を伴い、ずるずると無理矢理に魔力が引き摺り出される。
奥歯を噛み締め、身体から力を抜かれる不快感に堪える。
それは丸で、素手で内臓を引っ掻き回される痛みと内臓を押さえつけられる気持ち悪さで、気を抜くと腹のものが喉の奥へ迫り上がり、それを排出させようと喉が勝手に開きかける。
文言の僅かな息継ぎの間に溢れそうな唾液を飲み込み、無理矢理喉を閉じた。それでも、滑る唾液は溢れ、口の端から顎にまで垂れる。
神経の詰まった放出器官を無理やり押し拡げられ魔力を吸い上げられているので、頭痛がする程に酷く痛い。手の平から血を流す者も居た。
横で新人の嘔吐する音が聞こえ、すえた臭いが広がる。それに当てられたか、数名もえずく。
口を動かし、文言を唱え続ける。だが、脂汗が止まらない。血の混ざる汗が、衣服に染み込む。
その間にも、口から泡を吹く者や中身を漏らし撒らす者、
仰け反り倒れこむ者が。
いつまで続くのか。意識が遠のきかけたその時、
《》
神がこちらに何かを発したのち、ふっと姿を消した。
×
『春の神』が居た場所には、白く輝く宝珠だけが残されていた。
「……(神が、去った……)」
つまり、儀式が終わった。
「…………はァ、」
乱れた息を整え、口元を拭う。
元々保持する魔力量が多かったためか、魔術師の男は他の者とは違い醜態は晒し切ってはいない。
「(……酷く、気分が悪い)」
視界が白み、汚物の臭いが広がり、耳鳴りと頭痛の酷い世界で、酷くぼやけた、結界を解く鐘の音が聞こえた。
春は、来た。
※また、薬物使用的な描写がありますが推奨しているわけではありません。
そして、それらの効果、感覚、感想など全て、この世界独自のものなので現実のものとは全くの別物であることを明記します。
いくら薬品の影響とはいえ、柄にもないほどに、彼女に関わりに過ぎた。明らか過ぎる程に明確な精神の高揚と、精神の鎮静を感じている。
「(……これも、『春来の儀』が為)」
酩酊しかける程に強い薬でないと、これからの苦痛に耐えられないとされている為だ。
足取りが乱れないよう、魔術師の男はゆっくりと床を踏み宮廷内を行く。
しかし先程薬術の魔女に逢いに行った頃から別の気分の高揚を感じていた。
抱き上げた時の身体の軽さに、その肉の柔らかさに、その香に。
「(……いけません、此の儘では集中が)」
一度、頭を冷やすべきかと頭を過ったが、儀式が終わるまでは薬抜きは勿論、儀式用の薬以外の薬や魔術の使用がほとんどできない。許可がされない。諦めて、精神力で対処する。
春来の儀には酷い苦痛と嫌悪が伴う。それから逃れるためか、神と繋がりやすくするためか、儀式に携わる宮廷魔術師達は精神の高揚と抑制を伴う薬の摂取が義務付けられている。
薬を受け取るために、香の炊かれた部屋まで足を運ぶ。嗅いだだけで気が触れてしまいそうな程の強い香に、やや顔をしかめつつも目の前の者から錠剤を受け取る。
「(……嗚呼、非常に莫迦莫迦しい)」
薬で『神と繋がりやすくなる』事実はなく、儀式の品質や効果に変わりはないと言うのに。ただ、宮廷魔術師達の苦痛を和らげることにしか意味が無い。
「(其れに、私には和らげる効果すら齎されない)」
単に、体質の問題である。他の者には良いだろうが、魔術師の男にとっては精神の高揚と抑制が行われ、身体を蝕むだけの薬だ。
薬の副作用で魔力は増強するが、苦痛も、嫌悪も、強さは変わらない。
薬の形状は魔力の抑制を行う薬と同様に、錠剤、粉末状のものと、直接粘膜から摂取するための煙草型のもの、注射器で直接体内へ注入するものがある。
宮廷では、外部への流出を防ぐために、監視者の目の前で、錠剤の薬を飲み込まねばならない。
「……どうぞ」
虚な声と共に差し出された杯を受け取り、中の液体と共に錠剤を呑み込む。
飲み込んだ後は口を開け、口内の検査も行われる。口腔前底、舌下、咽頭を、診られる。だから、摂取したくなくとも隠す事も出来ず、呑み込まざるを得ない。
その後は、同じ香を炊かれた別の部屋で精神統一を行い、体内に保有する魔力量を強制的に増加させる。
薬で増加された魔力を更に増加させ、肉体の限界まで過剰に魔力を保持した状態に保つ。
これを、儀式が始まる半月前から儀式の開始まで毎日行う。
唯一の自由を許された時間は6時から10時の仕事時間だけで、他の時間は全て生理的活動か瞑想にのみ使われる。
「(……未だ、まともな正気を保っていられる時期で良かった)」
などと、既に酩酊し真面でない頭で考えながら、婚約者を想う。
×
「其れでは、『春来の儀』を始める」
儀式をただ見守るだけの飾りの高僧が、部屋の外から儀式の開始を音頭する。
低い、鐘の音が鳴り周囲に染み入る。それが部屋の壁に届いた直後、特殊な結界を生み出す。同じ鐘の音でなければ解除されないそれは魔道具、ではなく呪物の結界である。
そして、中に残された宮廷魔術師達は最後の薬を飲み込み、書物を手に、神を召喚する文言を唱える。
これから一切、全てが終わるまで、休むことは赦されない。言葉を詰まらせることも、水を飲むことすらも。
最後の薬は特段に効果が強く、頭が酷く冴える。それでいて、身体の奥が熱く、燻るようで。
場合によってはこの時点で永遠に気絶する者も現れるが、今回は皆、無事に意識を保ったままだ。
儀式が、始まる。
×
一体どのくらいの時間、文言を唱えたであろうか。それすらも考えられないほどに、ずっと呪文を唱えて続けている。
喉が枯れ、口が渇いても止めることは出来ない。
数名は口から血を零しながら、其れでも必死に口を動かし続け、声を出していた。
そして
《》
『春の神』が部屋の中心に現れた。
全身から腐敗したかのような甘ったるい香りをさせた、熟れきった女のような姿の神が。
神が現れた直後から、ようやく外でのんびりと静観していた高僧や年老いた宮廷魔術師共が呪文の補強として呪文を唱えだす。
結界外部の者共が発する文言は、神をその場に抑え込むための文言であり、結界内の宮廷魔術師達が唱えていた文言の補助だ。
結界内の宮廷魔術師達は、神が現れたこの後から真面に文言を唱えられなくなる。
《》
此処からが正念場だと、言葉が途切れ無いよう気を付けながら、静かに目を閉じ備える。
《》
神が何かを発した直後、結界内の宮廷魔術師達から魔力が吸い上げられる。身体中の細孔が拡げられるような感覚を伴い、ずるずると無理矢理に魔力が引き摺り出される。
奥歯を噛み締め、身体から力を抜かれる不快感に堪える。
それは丸で、素手で内臓を引っ掻き回される痛みと内臓を押さえつけられる気持ち悪さで、気を抜くと腹のものが喉の奥へ迫り上がり、それを排出させようと喉が勝手に開きかける。
文言の僅かな息継ぎの間に溢れそうな唾液を飲み込み、無理矢理喉を閉じた。それでも、滑る唾液は溢れ、口の端から顎にまで垂れる。
神経の詰まった放出器官を無理やり押し拡げられ魔力を吸い上げられているので、頭痛がする程に酷く痛い。手の平から血を流す者も居た。
横で新人の嘔吐する音が聞こえ、すえた臭いが広がる。それに当てられたか、数名もえずく。
口を動かし、文言を唱え続ける。だが、脂汗が止まらない。血の混ざる汗が、衣服に染み込む。
その間にも、口から泡を吹く者や中身を漏らし撒らす者、
仰け反り倒れこむ者が。
いつまで続くのか。意識が遠のきかけたその時、
《》
神がこちらに何かを発したのち、ふっと姿を消した。
×
『春の神』が居た場所には、白く輝く宝珠だけが残されていた。
「……(神が、去った……)」
つまり、儀式が終わった。
「…………はァ、」
乱れた息を整え、口元を拭う。
元々保持する魔力量が多かったためか、魔術師の男は他の者とは違い醜態は晒し切ってはいない。
「(……酷く、気分が悪い)」
視界が白み、汚物の臭いが広がり、耳鳴りと頭痛の酷い世界で、酷くぼやけた、結界を解く鐘の音が聞こえた。
春は、来た。