薬術の魔女の結婚事情
意外とアウトドアもイケるクチ。
「どこにいくの? ___って場所が次に良いやつ採れるけど」
わくわくしつつ、薬術の魔女は手帳を眺めていた魔術師の男に問いかけると
「……では、其処へ行きましょうか」
そう、魔術師の男は返した。
「え、良いの? というか行けるの?」
薬術の魔女が提案した場所はやや険しい山だ。
「えぇ。私も、呪……儀式で必要な材料を集めに入った事が有ります故」
「へぇ」
『じゅ』ってなに? とは思ったものの、良い薬草が採れる場所に行けるという喜びに、薬術の魔女はその疑問をすぐに忘れた。
×
魔術師の男が歩き出したので、やや遅れてそのあとを薬術の魔女はついて歩く。少しだけ歩調を合わせてくれているのか、薬術の魔女は魔術師の男から離れずに付いて行ける。
「どうやっていくの?」
「今回はやや遠方ですので、魔術式を利用致しましょうかね」
そう言って魔術師の男が立ち止まった場所は、人目のつかない奥まった路地だ。
「きみってば暗くて狭い場所好きだよね」
周囲を見回し薬術の魔女が呟くと、
「……そう見えますか」
柳眉をひそめ、口元に手を遣った魔術師の男は目を細めた。
「外面のきみなら、そうは見えないかも。ただ、きみは魔術アカデミーでは人に囲まれてるくせに、わたしと一緒の時は大体、人がいない場所や狭い場所にいる」
「然様か」
聞き流すような返事をしながらしゃがみ込み、魔術師の男は懐から筆を出す。そして、筆をインクを飛ばすように素早く振るい、地面に真円を描く。
大きさは薬術の魔女が両手を広げて立てるくらいの大きさだ。
「うわ、すごい!」
とても綺麗な円に、薬術の魔女は思わず歓声をあげる。
「……普段から描いておりますからね」
そこへ取り出した札を5枚、等間隔に並べて魔術師の男は中央に文字を書く。
「……扨。これで術式は完成致しました」
立ち上がり、魔術師の男はその術式を見下ろす。つられて薬術の魔女も術式を見下ろした。
「此れを踏めば即座に飛べるのですが……」
「うん」
「一度しか使えないのですよ」
困りましたね、と全く困っていないような声で魔術師の男は呟く。
「なんで?」
「悪用防止の為です」
「へー」
「二人同時ならば、一度で運べますが……。如何します?」
魔術師の男は薬術の魔女に視線を向ける。
「じゃあせっかくだし、一緒に行こうよ」
「宜しいので?」
「うん。あと、帰りも送ってもらいたいし」
「成程。……では、お手を。私の手首に御捕まり下され」
「う、うん」
魔術師の男は腕を差し出し、薬術の魔女は恐る恐る手首を掴む。
手を少し重ね合わせた時もそうだったが、自身と全く別の腕に、なんだか頬が熱くなる。
「……如何されました」
「な、なんでもない。掴んだあとはどうしたらいいの?」
「円の内側を踏みますが……成る可く、同時に踏んで頂きたいのです」
「わかった」
ゆっくりと、そして同時に円の内側を踏んだ二人は魔術式の示した場所へ飛ばされた。
×
着いた山は、薬術の魔女の記憶通りに鬱蒼としていた。薄暗く、土や苔類のにおいが強い。
「ついでに他の薬草採って良い?」
きょろきょろと楽しそうに周囲を見回しながら薬術の魔女が訊くと
「お好きになさって下さいまし。其れは私の管轄外の事で御座いますので」
そう、魔術師の男は短く答えた。
「じゃ、遠慮なく!」
そうして、薬術の魔女は薬草採りを開始する。
×
「よいしょー」
薬術の魔女は自然の摂理を壊さないように、バランス良く草達を引き抜いていく。
「これは大丈夫、これはダメ、」
時折小さく呟きながら、薬術の魔女は薬草をいくつかの収穫袋に詰めた。
そして、
「あ、袋がいっぱいになっちゃった」
と、薬術の魔女が呟くや否や
「どうぞ、新しい袋です」
どこからともなく魔術師の男が袋を差し出し
「うん、ありがと」
それを受け取って滑らかに薬草採りを再開する。
「って、すごく滑らかに作業できてたけど、きみ一体どこから袋出してるの。それと引き抜いた草入りの袋どこよ?」
はっと我に返った薬術の魔女は魔術師の男に問うた。
「袋は此処から、薬草は貴女の寮の部屋で御座いますよ」
静かに、魔術師の男は大量の未使用の袋の入った薄い箱を懐から少し引き出し、ちら、と見せてくれた。
「それならいいや」
理由が分かればどうでも良いらしい。
×
「お、もしかしてこれは……」
小さく声を上げた薬術の魔女は、そっと見つめながら草をつかみ、根があまり千切れないよう優しくそれを引き抜く。
「うわぁ、やっぱり。すっごい珍しー」
と、目を輝かせながらその薬草を眺めたり光に透かしたりし、
「おーーー」
上に持ち上げ見上げた姿勢をそのままに、ころん、と薬草を見たまま薬術の魔女はひっくり返る。
「ふー、疲れた」
そして、そのまま四肢を投げ出した。見上げる空がすごく青い。
「……何をなさっているのですか」
空が高いな、とぼんやりしていると視界に魔術師の男が入った。
「や、だって珍しい薬草見つけたんだもん」
顔の距離が遠いな、と思いながら魔術師の男を見ると、彼はそっと片膝を突いてしゃがみ、薬術の魔女の頬についた土を拭った。
「きれいでしょー」
ほら、と薬術の魔女は土が付いたままの、抜きたての薬草を魔術師の男に見せる。
「然様で。……其れでも、外で寝転ぶ等、感心は致しませぬ」
「んー」
魔術師の男は呆れながらそう返し、薬術の魔女の方へ手を差し出した。起こすのを手伝ってくれるらしい。
×
随分と日が高くなり、また疲労度が随分と溜まったので、薬草採りを終える事にした。
「沢山の薬草を集められたようですね」
「うん! ありがと!」
薬術の魔女が手渡した最後の袋を、魔術師の男は寮の部屋に送る。
「……まあ。貴女の御部屋が如何なっているかは知りませぬが」
「え、なんでそんな不穏なこというの……」
「貴女が私が予想していた以上に大量の草を刈ったからで御座いますよ」
すん、といつも通りの澄ました顔で魔術師の男は答える。
「貴女が様々な薬草だけで無く、山菜も採り始めたので自業自得でしょう」
「きみが好きにしていいって言ったじゃん」
薬術の魔女は拗ねた様子で口を少し尖らせるが、魔術師の男は気にする様子もない。
「管轄外なのでお好きにどうぞ、とは云いましたが」
「ぐぬぬ……」
「袋には貴女の部屋に送る前に密閉と状態保存の呪いを掛けておきましたので、日持ちしますし、中身が散乱している事はないでしょう」
「わぁ、便利ー」