薬術の魔女の結婚事情
やっぱりへんなひとだけど。
後期が始まってから、学生会の入れ替わりが行われた。第六年生の学生会メンバーが抜けて第四学年の学生達が入れ替わりで学生会に入る。
もちろん、薬術の魔女は学生会には入らなかったし、その2が無事に学生会に入った。
「おめでとう!」
引き継ぎの式が終わったあと、薬術の魔女達はその2のところまで行き、直接そのお祝いの言葉とリラックス効果のある薬草の匂い袋を送る。
「ありがとう、ございますぅ! ……これで、」
その2はとても嬉しそうに、引き継ぎの際に受け取った花束や薬術の魔女や友人達が送ったプレゼントを抱きしめた。
×
そしてそれから少し時間が経ち、夏休み前のテストがもうすぐ始まろうとしている。
その2は学生会の仕事が忙しいらしく、勉強を教えることができないのだと申し訳なさそうに謝り、友人Aと友人Bも色々あって一緒にテスト勉強ができないのだと言った。
そのあと友人Aに
「折角だから、前のテストの時みたいに婚約者の人に教えてもらったら?」
そう耳打ちされたが、
「き、気が向いたらね!」
と薬術の魔女は返した。
「……(ほら、だってあの人忙しいじゃん?)」
もぐもぐ薬草弁当を咀嚼しながら、薬術の魔女は復習ノートを読み返す。
今度のテストは学年で最後のテストなので学生はもちろん、テストの出題者である教師達にも結構な気合が入っているのだ。
「……でもまあ、やっぱり教えてもらった方がいいのかなぁ。法律とか」
「テスト勉強ですか。……教える事は苦では有りませぬので構いやしませぬよ」
「そう? きみが別に良いっていうんなら、せっかくだし教えてもらおうかなぁ」
もしゃもしゃと薬草を食べ、「ごちそうさまでした!」と薬術の魔女は手を合わせる。空っぽになったお弁当箱を鞄に詰め直しながら、
「じゃあわたし、今から授業だから放課後ねー」
と薬術の魔女は魔術師の男にそう告げる。
「……驚かないので?」
怪訝な様子で魔術師の男は薬術の魔女に問いかける。
「うん。だって、いそうな気はしてたもん」
「…………然様ですか」
「で、今日の放課後、空いてる?」
「……そうですねぇ。無論、空いておりますとも」
「よかった! じゃあ、今度こそばいばーい!」
「……えぇ。また放課後に」
ゆったりと優雅に会釈する魔術師の男をそのままに、薬術の魔女は薬草園を出た。
×
鞄を片手に、薬術の魔女は次の移動教室に向かって移動していた。
「……(……いやぁ、来てくれてよかった)」
と、内心でこぼす。実は先程まで、薬術の魔女は薬草園で魔術師の男を待っていたのだ。
理由は無論、期末テストの勉強を見てもらうためでもある。
捕まえようと思えば居らず、気を抜いた瞬間にそこにいる、のが魔術師の男なのだ(と、薬術の魔女は思っている)。
だからあえて、薬草園でゆっくりと昼食を摂っていた。
なんとなく、『来てくれるだろう』とは思いながらも『もしかしたら来ないかも?』という危惧もあったので、自身の運の良さに感謝する。
「(本当はちょっと、びっくりした)」
本当に、現れる直前まで一切の存在感を感じなかった。
だが、どうやら急に現れたわけでもないらしい。瞬間移動をする時のような空気の急な動きはなく、ベンチもいきなり彼が現れた瞬間に軋んだわけでもなかった。
「(……不思議だなぁ)」
思いつつ、薬術の魔女は確信した。
「(あの人、絶対に性格悪いや)」
わざわざ驚かしにきているのだもの。
×
放課後。
薬術の魔女は薬草園に来ていた。理由はもちろん、魔術師の男に勉強を教えてもらうためだ。
実際のところ、図書室で教えてもらうのが良いかもしれないと思っていたが『図書室でやろう』とは言ってなかった上に、今の図書室には勉強目的の利用者が普段よりも圧倒的に多い。
なんとなく、薬術の魔女は魔術師の男に直接勉強を教えてもらっている姿を他の者には見られたくないと、思った。それに彼は視察者の中ではアカデミー生に割と人気な方だ。
それは、顔が良いのもあるが普通に教えるのが上手いからだ。なので教えてもらっているところに、誰かしらが声をかけて邪魔をされたくなかった。
だからといって、ほかに提案できる場所など薬術の魔女は知らない。なので、とりあえず薬草園で魔術師の男を待っておこう、という考えにいたったのだ。
「……でも、雨とか降ったら使いにくいし日差しとかも気になっちゃうしなぁ……」
はぁ、と復習ノートを読みながら溜息をつく。
「…………それで。きみはわたしの困ってる、というか悩んでる姿を見てて楽しい?」
薬術の魔女は自身の横を見る。
「そうですね……。割と、とでも答えておきましょうか」
口元に手を当て優雅に微笑む魔術師の男は、そう答えた。
「……」
「おや、お気に障りましたか」
にこ、と魔術師の男は外面と同じ嘘っぽい笑顔で薬術の魔女へ問いかける。なんとなく、試しているようなそうでもないような、反応を見ようとしている印象がした。
「ううん。なんか、急に距離を詰められた感じがしてびっくりした」
「……然様ですか」
薬術の魔女の返答に、魔術師の男は笑ったまま頷く。
「でも、それがきみなんだね」
「………………」
薬術の魔女の言葉に、魔術師の男は少し横に目を泳がせ、
「面白い冗談を言いますね」
にこりと微笑んだ。
「まあ、それはともかく。勉強教えてもらえるのは嬉しいんだけどさ、どこかいい場所知ってる?」
「図書室では、何か不都合でも?」
首を傾げる薬術の魔女に、意外なものを見たように少し目を開き魔術師の男は訊ねる。
「わたしは静かな方が好きなんだ。だから、できれば人の少ない静かなところで、きみに勉強を教えてもらいたい」
「……ふむ」
その言葉に、視線を少し動かし
「では、私の家は如何ですか」
と、魔術師の男は提案をする。
「………………えっ?」
「私、と云うよりも相性結婚の付属物なので正確には私達の、とも言えるものですが……家は、使用人等も居らぬ故、とても静かで外部からの干渉等はそう起こりません」
「……なるほど?」
確かにそうかもしれない。だが、
「んー……。でも、今回はいいかな。だって、急な来客って困るものなんでしょ?」
薬術の魔女は、魔術師の男にそう返した。
「……困る様な状況で呼ぶ等致しませぬが」
「んー。じゃあ、移動はどうするのさ」
口を尖らせ、薬術の魔女が聞けば
「行きと帰りは私がお送りしましょうぞ」
にこ、と口元に手を遣り魔術師の男は答えた。
「あの瞬間移動みたいなやつ?」
「其れで御座います。私が居らぬ他日でも、連絡さえ下されば迎えに行きますよ」
「なるほど、いい考えかもね」
頷き、薬術の魔女は魔術師の男を見る。
「一番の問題は、きみの連絡先知らないってことなんだけど」
「……そうでしたね。一応、教えておきましょうか」
「うん、ありがと。でもまあ、今回はこのままで勉強を教えてよ。雨が降ったら温室の方でいいかな」
「承知致しました」
×
二人は、普段よりやや近い距離で横並びに座る。人目については魔術師の男が人払いの術をかけ、必要以上に人が来ないようにしてくれた。
「ふーん、なるほど」
「……なので、此処はこうなるのです」
「ふんふん」
薬術の魔女がまずテストで間違えた箇所や詰まった箇所等を見せ、それを受けて魔術師の男がその周辺の解説をする。それを繰り返して、やがて薬術の魔女があらかじめ用意していた復習ノートの中身は一通り通った。
「……貴女は、飲み込みが早う御座いますね」
「えへへー。よく言われるよ」
解説した箇所の簡易的な復習も終わり、その結果を見て魔術師の男は関心の声をあげる。よく言われるものの、褒められるのは嬉しいので薬術の魔女は、にへ、と柔らかく笑った。
その後、魔術師の男が「試験のやまは勘などで当てるものではなく、総当たりで当てるものですよ」との言葉と共にくれた復習テストの量と難易度の高さに呆然としたのはそれからすぐの話だ。
×
そして、学年末のテストは今まで以上に好成績を残し、薬術の魔女は全教科満点で一位というものを初めて取ったのだった。
「(……あの人が出した問題と比べたら、圧倒的にテストの方が簡単だった……)」
返却されたテストの束を抱えながら、魔術師の男にまた教えてもらえたらいいな、と思った薬術の魔女だった。