薬術の魔女の結婚事情
呪札
今年は、基本的に婚約者である薬術の魔女の監視のみで良い。だから、魔術師の男は取り敢えず式神での監視に留めておき、学芸祭三日目のためになるべく仕事を済ませて夜の準備をしようと考えていた。
「(ですが……きちんと終えられるのでしょうか)」
と仕事部屋に運び込まれた書類の束に思う。書類の束を置いた下男は礼もせずにさっさと部屋から出て行った。
大まかな内訳は、魔術研究の資料と雑用である。中には監視員としての依頼も混ざっているが、そこまで多くない。
今回は昨年と違い、学芸祭の最中はほとんど彼女の側には居られない。なので、普段から彼女の側に仕込んでいる式神とは別に、新たにもう少し性能を上げた式神を付けさせた。
ただ単に、はっきりとした視覚情報と少しばかりの遠隔での魔力操作の機能を追加した程度のものだ。彼女が不用意に妙な物を生成しないかとか、妙な人間に狙われていないかを監視するためのもの。
「(……今回も、前年と似たような……猫の格好をしていらっしゃる様子ですね)」
どちらかと言えば、去年の自身の格好に似ているような。とは薄ら思ったものの、恐らく偶然なのだろうと魔術師の男は結論付けた。あるいは、去年の給仕服を模した格好の関連か。
婚約者の薬術の魔女に行くと告げた学芸祭の三日目は虚霊祭当日である。なので、とにかく菓子を直接手渡さねばならない。そういう儀式的な意味合いとしても、手渡すべきなのである。
「(……菓子、というよりは魔除けの札ですがね)」
今回作成した魔除けの札は、簡易的且つ容易に生産できる札を大量の贄として消費し、一つの札へと練り上げた特別な札だ。
この札ならば、魔術師の男自身が直接守らなくとも、魔術アカデミーの学生寮という広い範囲を大まかに守る結界が作れる。
「(…………然し。抑々の話、私が態々結界等を作らずとも、派遣された魔術師や軍人が誘いの魔獣達を撃ち漏らさねば良いだけの事)」
それができれば苦労はしない話だが。
去年の経験を生かし、もう少し質の良い魔術師や軍人が呼ばれる事を祈るばかりである。
「(其れに加え、此の札の結界は飽く迄も補助で有りますし、発動させる為の一工夫も必須なのですが)」
発動させるそれは、特に難しい事ではない。ただ単に発動する魔術式を魔術師の男が直接その核となる札にかけるだけだ。
「(あまり気が進みませぬが……)」
などとやや嘯きながら、彼は薬術の魔女に手渡した特殊移動用の、木の札の位置を探る。
「(……床、暗闇、狭い。……そして、あの位置からすると……)」
魔術師の男は少し前に、やや酩酊状態で入った、彼女の部屋の様子を思い出す。
どうやら寝台の下に置いているようだ。
「(…………若しや、札の存在を忘れている訳ではあるまいな)」
やや不安に思いながらも、魔術師の男は溜息を吐く。薬品や薬草以外にほとんど興味を持たない薬術の魔女ならばあり得ない事でもない(と、魔術師の男は思った)。
動作確認がてらに、遠隔でそっと木の札の位置の修正を行い、それによって問題なく術が機能する事を確かめた。術が機能していないと、遠隔では動かせないようにしているからだ。
「(どうせならば。……折角作ったのだから、初めに使うのは貴女の方が良かったのですがね)」
口元に手を遣り、思考しながら魔術師の男は目を伏せる。