薬術の魔女の結婚事情

それぞれの役割と義務。


「ここに『夢見草』生えてるぞー」
「あ、『月草』見つけた!」

 薬学コースの学生達は、魔術アカデミーから少し離れた山の中で草を(むし)っていた。
 少人数の班に分かれ、今度の授業で使う薬草を採取するのだ。
 アカデミー生達は初め、魔獣の出没する場所だと聞いていたので緊張していた。しかし、前日に魔術コースの学生達が魔獣の数減らしをしていたこと、補助で魔術コースの学生や数名の視察者が同伴していることで今はもう安心している様子だった。

「……(『夢見草』と『月草』はあっちの区域の方が良いものが採れるんだけどなぁ)」

 思いながら、薬術の魔女はぷちぷちと指定された薬草を引き抜く。そうは思っても、この場所よりも出没する魔獣の危険性は高い。

「(あ。これ、美味しいやつだ)」

ついでに食べられる野草も引き抜いておいた。それを別の袋の中に詰める。と、

「おい。余計な草を抜くな」

 焦茶のウニ……もとい、その1に止められた。魔術師の男との言い合いを目撃された後から、なぜか付き(まと)われているのだ。
 今日は魔術師の男が来ない日でありこの場に居なかったので油断していたが、転入生3人が揃っているのだった。その3は同じ班でその2は別の班だ。
 その3は薬術の魔女に比較的近い場所ではあるが、きちんと薬草を採取している。その2も多分、ちゃんと採取しているだろう。

「余計な事をして面倒な事態になったら困るだろ」

「……そうだね」

 グランドを焦がしまくっているお前が言うな、と思いつつ薬術の魔女は大人しく指定された草だけを抜くことにした。これ以上その1に絡まれても嫌だった。

「(魔獣じゃないし、採取が禁止されてるわけでもないんだけどなぁ)」

 今度の休みに採りに行こう、もう少し効率の良い場所で。

×

「ま、魔獣が出た!」

 そう、叫ぶ声がすればすぐに魔術コースの学生が気絶させる魔術や道具で対応してくれる。だが、これは料金の発生しない、言うなればただの慈善事業(ボランティア)だ。実際、結構高額な料金の発生する魔獣退治のアルバイトもあるので、学生達はあまり乗り気でないように見える。

「(ま、わたしもよく分かるよ、その気持ち)」

 料金の発生しない薬草採取も授業の必修だとか楽しくなければ、やりたくない。

 と、ガサガサと近くの茂みが揺れた。

「あ、」

 小さくてふわふわした、魔獣、いや精霊が現れた。魔獣と精霊は透明度で見分けられる。黒いのが魔獣、黒くて透けているのが精霊。以上である。

「……」

じぃっと、つぶらな目でこちらを見ている。

「……(これは、)」

どう、対応すべき魔獣……じゃなくて精霊だったか。さっきまで付き(まと)っていたはずのその1と近くに居たはずのその3の気配がない。……どういうことだろう?
 こういう『無害そうなやつ』が実は危険性が高い、とか何かの本で読んだ気が、

「わぷっ?!」

 急に視界が暗くなる。それと同時に、急に後ろから包み込むように人の気配が現れた。不思議な匂いが一瞬、香る。

「…………視線を合わせ過ぎてはなりませぬ」

その低い声に

「っ?!」

叫ぼうとした口も一緒に塞がれる。布の質感がするので、服か手袋越しのようだ。中に骨張った手の感触がしたので、恐らく手袋だ。目元と口元とを別々の手で塞がれている。

「……もご、(急に、何?)」

「あれは(かどわ)かしの精霊で御座います。お気を付け下さいまし」

 口を押さえていた手がずれ、

「むぐ、」

目元を押さえている方と同じ手の指が()まされる。

「お静かに。今から妖術を解きます」

ぎゅっと彼の方に押さえ込まれ、周囲の音も聞こえなくなった。

「……(暖かいな)」

よく分からないが、とりあえず抱き込まれている事だけは分かった。

「……(しかし、何処から来たんだ)」

彼の手袋が若干、自分の(よだれ)で湿り始めたのが気になりだす。

 ぱん、と何かが弾けるような音が響き、

「……(さて)(これ)にて失礼致します」

その声と同時に塞がれていた視界と口が急に自由になる。

「っ、」

 ばっと顔を上げて周囲を見ても、先程まで側にいたであろう彼の姿は見られなかった。ついでに、直前までこちらを見ていた精霊の姿も無くなっていた。

「……さっきの何?」

わずかに残った布の感触と匂いが、確かに彼がそこに居た証拠のようだった。

「あっ! 居た!」
「おっ、急になん、うぐ」

 その3の声が聞こえたと同時に、強く抱きしめられる。

「急に居なくなっちゃったからびっくりしたんだよ?!」

「んー、なんかごめんね?」

よくわからなかったが、とりあえず心配をかけたようなので謝っておいた。その3の距離感がなんだか近いが、そういう文化圏の人間、あるいは犬的なものなのだと思っている。
 話によると、薬草の採取中に突如(とつじょ)薬術の魔女の姿が見えなくなり、二人が周囲を探していたらいつの間にか姿を現していたらしい。

「……(『かどわかしの精霊』……)」

もしかすると、謎の空間かどこかに連れ(さら)われていたのかもしれない。それを、彼が助けてくれた……のだろうか。

「……何もされてないか」

その1も怪訝(けげん)そうに問いかける。

「うん。何もなかったけど?」

「…………それなら良い」

 その1はまるでそこに誰かが居るかのように、とある一ヶ所を睨み付けていた。

「……(なんだろ。厨二病かな)」

 そこには誰の気配も無いぞ。
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