薬術の魔女の結婚事情
結局。
実に困った事に、仕事は増えるばかりで一向に終わりが見えなかった。
他の宮廷魔術師達から寄越された『これを調べてほしい』だとか『目を通して不審な点を確認してくれ』だとか研究論文の手伝いが少しと、宮廷魔術師を宮廷全体の便利な雑用だと思っている別部署の官僚の魔術関連の依頼書。
文献の参照や渡された資料の精査には時間と頭を使うし、雑用は魔術での物探しや物理的な溝浚いなど種類は様々な上に移動距離もあるので肉体的疲労が大きい。
紙の束に手を伸ばし、触れたものに視線を向ける。若い宮廷魔術師の論文であった。
「(……他者の論文を読めるのは別に構いやしませんが、人の事を便利な辞書のように扱う前に自前の頭でもう少し考えてた頂きたいものだ)」
ざっと論文に目を通して溜息を吐く。どの文献が必要だとかここの叙述はおかしいだとかを紙に軽く書き込んで読んだ論文へ差し込み魔術を用いて返送した。そもそも同じ研究室の室長が確認を行えば良い話だろうに。
再び紙の束に手を伸ばし触れたものに視線を向け、
「(物探し。期限はまだ先か)」
日付順に集めた依頼書の山についと移動させる。
初めに宮廷魔術師を便利屋扱いし始めた官僚どもを恨みながら、また紙の束に手を伸ばした。
このままでは、彼女に菓子を渡す時間までも無くなってしまうではないか。
別に、学芸祭を共に過ごしたかった訳でないので、当日に依頼が来る事はどうでも良い。だが、会う暇が無くなる事までは受容していないのだ。
それは、『せっかく作った札を無駄にされたくない』ただそれだけの理由だ。
意識を少しずらせば、友人達と学芸祭を楽しむ薬術の魔女の様子が分かる。監視に付けていた式神達はうまく機能しているらしい。
……どことなく、彼女が元気そうに見えない気がしたが、恐らく気のせいだろう。
「(屹度、環境の変化や人の多さの影響だろう)」
確か、薬術の魔女のように馴染み易い魔力を持つ者、あるいは全身に魔力の放出器官を持つ者は、人混みが苦手だと医学書などに記載されていた。
手渡す菓子の中に魔力回復の植物でも混ぜておこうかと思考する。
ああして彼女は友人達と健康的で幸せそうに過ごしているが、虚霊に襲われ魂を持っていかれてしまえば二度とそれは叶わない。
その上、魔術師の男自身が直接監視している身でありながら死んでしまっては、こちらの評価が落ちる。それだけは絶対に避けたい話だ。
故に、絶対に三日目の午前中には無理矢理にでも時間を空けて、札だけでも渡そうと思う。