薬術の魔女の結婚事情
やっぱり気になるものは気になる。
点呼が終わり朝食も食べ終わったので、薬術の魔女は自室に戻ることにした。
「しかし、ひまだなぁ……」
むぅ、と口を尖らせ薬術の魔女は自室の机に突っ伏す。友人A、友人B、その2はそれぞれで何か用事があるらしいので、薬術の魔女は一人だった。
「……ん、」
視線だけで部屋を見回した後
「本でも読んどくか」
と呟き、立ち上がって机から離れる。そして、自身の本棚から数冊、本を抜き出した。
家から持ち出した本、自身で購入した本などを読む。
だが、結局は数度目を通した後の書籍であり、目新しい刺激はない。だからささっと軽く復習程度に目を滑らせて読む。
それから最後に去年の『愛を返す日』に魔術師の男がくれた本に目を通した。
「ん。やっぱり、良い本は色々と詳しく書いてるなー」
本を捲りながら、薬術の魔女は呟く。
捲る度に手が止まり、一文一文を視線がゆっくりとなぞっていった。
先程ざっと目を通した本達との情報の違いを比べてみたり、同じ点を見つけてみたりする。
「へぇ。この効果、前のやつとちょっと違う書き方になってる。間違いだったのかな」
呟き、メモを取った。
要するに、現在、薬術の魔女の持つ本の中で最も新しく、最も詳しい本が、魔術師の男がくれた本だった、ということだ。
それを思い至ったところで、彼から本をもらって以降、まだ新しい本を購入していなかった事に気付いた。教科書の類いは購入したが、個人の趣味の本は購入していない。
「でもまあ、こういう本は毎月更新されるようなものじゃないし」
多くても年に一回程度の改稿である。おまけに、新たな発見や研究の発表などがなければ、本の内容は大して変わり映えはしない。だから、しばらくの間は婚約者である魔術師の男がくれたこの本のお世話になりそうだ。
「(……別れる時に『返せ』って言われたらどうしよう)」
なんて思いながらも、なんとなくで仮に別れるような事態に陥ってもそんな事を言いそうにない気がしていた。
「(それがなんとなくで分かるくらい、あの人を理解してきてる……のかな)」
そう思うと、不思議と嬉しい気持ちが湧いてくる。
無意識のうちに口角を僅かに上げながら、薬術の魔女は再び本へと視線を落とした。
それから『また春になったらあの草を採りに行きたいな、あの薬を作らなきゃな』などと薬草に想いを馳せる。
「あれ、そういえば……」
本を読みながら、ふといつのまにか、口の中の違和感がなくなっていたことに気が付く。そっと恐る恐る自身の唇に触れるが、いつも通りの感触だった。
「結局、あれってなんだったんだろ」
首を傾げながらも、薬術の魔女は読書を再開する。
×
「……とはいっても、やっぱり気になっちゃうからなぁー」
昼過ぎに、薬術の魔女は国立の図書館に来ていた。
特にすることもないので、まだ読んでいない薬草学の本や物語の本などをもっと読もうと思ったからだ。新しいものはもらった本があるので、古い文献などを読むつもりだ。
「(あの時の直前直後の出来事といえば……)」
いくつか薬草の利用法の本を抜き出しながら、思考を巡らせる。
確か、拐かしの精霊に襲われたことと、魔術師の男が現れて助けてくれたこと……。
「(…………あ、)」
急に、顔が熱くなる。
「(……そう、だ……『魔力供給』だ)」
精霊に魔力を吸われた時は体が冷えて凍えそうになったが、魔術師の男に供給してもらった魔力は体を温めてくれた。
「(まあ、供給の仕方はどうかと思ったけどさ……)」
熱くなる頬を手で押さえながら、薬術の魔女は魔力についての文献を探す。
「……これ、かなぁ?」
訝しみながら、薬術の魔女はとある一文を見つけた。
「えーっと、『根本は同じ魔力の素、要は魔素を含有するものであるが、他者の魔力はやはり異物なので排除、または自身の魔力へ変質させるために、周囲の血流量が増加する』……つまり、それで神経が過敏になっちゃったってことかな」
呟きつつ、無意識に手の甲で唇に触れていた。
「……(……なんだか、変な感じ)」
他にも、魔力の相性についての文献にも目を通す。
「(……『魔力の相性の良さは相手の魔力への馴染みやすさによるものが主で、魔力が馴染みやすいと体内に取り込みやすい』……)」
なるほど、と内心で相槌を打ちながら、読み進めていく。
「(……『相手に馴染みやすい魔力は、同じ性質をしていることが多い』……)」
ぺら、と本をめくる手を止め、自分の魔力と、魔術師の魔力について考えてみる。
「(…………ちょっと、違くない?)」
薬術の魔女自身の魔力は、外に出した瞬間に霧散してしまうほどに周囲に馴染む魔力だ。しかし、魔術師の男の魔力は、長時間外に留まっていたような。
「(……例外、みたいなやつかなぁ)」
ぱたん、と本を閉じる。
「(相性……か)」
薬術の魔女と魔術師の男は『相性結婚』で引き合わされた。だから、国内では最も相性の良い相手になるはずだ。
『相性が良い』とはどのような感覚なのだろう、と少し思ってしまった。
彼は自分の方からは相性を確かめるとは言わない、と言っていたので、確かめるならば自分から言いに行くしかない。
「(けどそれって、……ちょっと恥ずかしい)」
顔が熱くなる。
それを堪えて、思考を振り払うように他の本に手を伸ばした。