薬術の魔女の結婚事情
初めての共同作業(初めてではない)。
案内された場所は、空き部屋を改装したであろう簡易的な書庫だった。壁中に本棚が並び、その中に本が詰まっている。
どんな本が詰まっているのだろうかとわくわくしながら背表紙に視線を向けるが、すぐに興味を失った。
そこに詰まっている本達は研究用の本ではなく、著名な人物のものであろう何かの論文や自伝、啓発本と、ただの書籍が並んでいたからだ。
全くの新品には見えなかったが、なんとなくで魔術師の男が読むものとしては薬術の魔女は違和感を覚えるものばかりだった。
「此処の書籍に何か、興味でも湧きましたか」
見上げると、魔術師の男は目を細めて薄く微笑んでいた。
「……別に」
つまらない本ばかりだな、と再度、周囲に視線を向ける。
「もっと面白そうな本があるかと思ってた」
そう、彼に視線を向けると、表情は変わっていないはずなのになぜか愉快そうに笑っているように見えた。
「此方へ」
そして、邪魔にならない位置に広めの卓と幾つかの椅子が置いてある。筆記用具もあるので、恐らく読書用や手紙等を書くための場所なのだろう。
「どうぞ、お掛け下さいまし」
と彼に椅子を下げられたので、薬術の魔女はおとなしく腰掛けた。
「ありがとう」
「いいえ。では、お隣……いえ、向かい側に失礼致します」
薬術の魔女の着席を見届けてから、彼は小さく断り向かい側の席に腰掛ける。
×
それから。
魔術師の男が出す課題を決められた時間内に解いて、終わったら採点を行い、そのあとは彼による解説を聞く。
課題自体は10分程度で終わる簡易的なもので、思いの外すらすらと解くことができた。
「……(……ん、わりと楽しい)」
なんとなく、自分が今までしてきたことが身に付いているのを実感するようで、嬉しくなる。なので、もっとたくさんの問題を解いてみたいなぁと、思えてくるのだ。
「(やる気を出させるのがうまいなぁ……)」
と、なんとなしに思いながら、薬術の魔女は手を動かす。
それを数回繰り返した時、昼を知らせる放送が外から流れた。薬術の魔女は顔を上げ、近くに座る魔術師の男の方を見る。
「……昼休憩に入りましょうか」
魔術師の男は微笑み、
「食事は用意してあります」
と、薬術の魔女を別の場所に案内してくれるようだった。
×
連れられた先は要するに、食堂。食事を取る場所だ。一人や二人で使うにはやや広いそこは、奥に調理場らしき場所もあった。
そして、そこにある卓の上に、幾つかの食事が乗っている。
「……ごはんができてる……」
呆然としながら薬術の魔女は魔術師の男を見上げた。
「いつのまに作ったの?」
薬術の魔女が勉強をしている間も彼はずっと一緒にいたはずなのに。
「ふふ。私は器用なので遠隔で調理くらい容易いものです」
「……そうなの?」
「まあ、其れは冗談で御座いますが」
「うん」
だろうね、と薬術の魔女は頷く。
遠隔で調理など、いくら彼がなんでもできるかもしれないとはいえ、さすがに無理だろうと、薬術の魔女は思った。……しかし、魔術師の男ならばどことなくできそうな気が、ほんの少しする。
「私の式神に作らせました」
「式神?」
魔術師の男の言葉に、薬術の魔女は首を傾げる。式神は、札と術を使用した使い魔……のようなものだったはずだ。
「えぇ。この屋敷では使用人の代わりに、式神に色々と世話をさせております」
「へぇー」
どうりで人の気配が全くないわけだ、と薬術の魔女は納得した。
「技量は私と同じ程度で安定しておりますし、俸給は勿論、人件費も発生致しませぬので」
「なるほど?」
品質維持と節約のために、わざわざ式神を使っているのだろうか、と薬術の魔女は首を傾げる。
「…………何より、裏切りませぬ」
「……おぅ……そだね」
その時の魔術師の男の表情に薬術の魔女はどう声をかければよかったのか分からなかった。
×
「(……やっぱり、料理おいしいな)」
作られた料理を口の運びながら、薬術の魔女は感心する。
「(食べる仕草も綺麗だし……)」
ちら、と視線を向けた彼は流れるような所作で食事を口へ運んでいた。薬術の魔女は平民なので、食事の正しい作法などほとんど知らないのだ。
おまけに、盛り付けも綺麗だ。なんとなく生活の質の違いを見せつけられたような気がした薬術の魔女だった(無論、気のせい)。
「すっごくおいしかったよ。作ってくれてありがとう」
食事を終え、薬術の魔女は食器を片付けようとする。
「……貴女が動かずとも、全部私が致しますが……」
「んー、いっぱい色々してもらってばかりだから、洗い物くらいはしたい」
魔術師の男に、拗ねたように薬術の魔女は答える。
「……然様ですか。……まあ、其れで貴女の気が済むならば宜しいが」
「うん、わかってくれたのならうれしい……って、たっか?!」
食器を流しへ持っていった薬術の魔女が、突如、素っ頓狂な声をあげる。
「如何したのです?」
魔術師の男が薬術の魔女の様子を確認しようと流しまで向かうと、
「……高くない?」
調理台、流し台、その他色々の天板の高さに薬術の魔女が戸惑っているところだった。
「……嗚呼、申し訳ありませぬ。私の身長に合わせて少々作り直しましたもので」
通常のサイズで作ると、高身長の魔術師の男は腰を痛めるらしい。(それを聞きながら、「(やっぱり調理するんだ)」と薬術の魔女は思った。)
「えぇ……。このお家って、相性結婚の付属品なんだよね?」
瞬時に魔術師の男が作り出した台にそっと乗り、薬術の魔女は食器を洗い始める。
「そうですが」
「……結婚しなかったら、どうするのさ」
薬術の魔女は、ちら、と魔術師の男の方を見るが、
「其の際は買い取って仕舞えば問題等、何処にも御座いませぬ」
普段通りに氷像のような顔のままだった。
「…………買い取れるの?」
その反応になぜかつまらなく感じ、薬術の魔女は口を少し尖らせる。
「無論です。私は宮廷の魔術師故に、金だけは有りますからね」
魔術師の男は薬術の魔女が洗い終えた食器達の水気を拭き取り、乾燥棚に乗せていた。
「ほぇ……」
やはり、使用人を起用せずに式神に世話をさせている一番の理由は、人件費ではなさそうだ。