薬術の魔女の結婚事情
修学旅行十日目〜十二日目。
薬猿は、緑の多い土地のようだ。所々に自然のものと思われる山や森が見える。
「(あの木があるってことは……)」
移動しながら、薬術の魔女は生態系の大まかな予想を立てていた。
「おーい、大丈夫?」
「駄目ね、聞こえてないないみたい」
「私達で引っ張っていきましょうかぁ」
周囲の植物へ意識を飛ばしすぎてその3、友人A、その2に腕を引っ張られながら目的地まで移動する。
×
目的地は、真っ白で無機質な、製薬や薬の試験を行うような施設だった。
祈羊の白さは潔白さや神聖さを醸し出していたが、この薬猿の白さは清潔さを目に見えるようにしたものに感じた。
施設に入ると、すぐにガイダンスが始まる。
大まかな内容は薬品開発、薬品生成、薬品試験などの部署の紹介と活動内容、そして今回薬術の魔女たちが体験する予定の説明だった。
ガイダンスが終わると、薬草園と薬の保存庫の見学を行う。
薬草園、保存庫の見学は『余計なものを入れないために』としっかり防護服を着て見学をした。案内役の職員は薬術の魔女たちを色々な場所へ連れてゆき、説明や解説を行なってくれる。
……だが。
「(なんか、上から目線なんだよなぁ)」
薬術の魔女は小さく、口を尖らせる。
なんとなくその説明の仕方が、『分からないお前達のために教えてやってる』感のある態度だったからだ。
ふっと鼻で笑う様子や馬鹿にしたような視線が物凄く刺々しくて、あまりよろしくない。
おまけに名前の確認などを行った際、薬術の魔女をにやにやと嫌な目で見た。
「……」
薬術の魔女は眉をひそめ、口角が下がる。
そのあとからは何の接触はなく、施設内の見学は終わった。
薬猿であてがわれた宿泊所は、施設付近にある職員寮の空き部屋らしい。周辺の部屋には利用者も居るようで、人の気配がたくさんあった。
×
次の日は、植物をそのまま乾燥させたものなどを利用した生薬に関する施設で生薬を製作した。
木の皮や根などを適量取り、細かく刻んで混ぜ合わせる。
作ったものは簡易的な風邪薬で、生成したものは薬猿の職員が回収した。
最終日では、薬術の魔女達が普段魔術アカデミーで生成しているような魔法薬を生成した。魔力を使った薬のことを魔法薬と言い、内包する魔力で普通の薬より効果が増幅される。
生成したものは、回復薬。この世界で最も作られているであろう、基本の魔法薬だ。
薬品は簡単に生成した後、
「では、実際に効力を確かめてみましょうか」
と、良い身なりをした職員は怪我をした実験用の小動物を参加人数の分出した。小動物は怪我をしており、苦しそうに震えている。
自己紹介によると、その職員は薬猿の中でも当主に近い存在らしい。
「これに、あなた方が生成した薬をかけてください」
戸惑うアカデミー生たちをやや見下すように見て
「実際に効果を確認した方が良いでしょう?」
そう言う。
結果を言うと、魔術アカデミー生の生成した魔法薬は皆、失敗することもなく小動物の怪我を治した。
薬術の魔女が生成した魔法薬を見て、薬猿の職員は一瞬だけ目を見開くも、
「お疲れ様です。全体的に平凡ではありますが、効果のある薬品が生成できたようで何よりですよ」
と、手を叩き、魔術アカデミー生を褒め称えた。
×
たった半日であるものの、最終日は自由時間がある。薬草園と保存庫などの立入禁止区域以外は自由に見学をさせてくれるようだ。
『個人で自由に見学をして、集合時間までに待ち合わせ場所へ集まろう』と薬術の魔女達の班は決めたので、薬術の魔女は薬猿の施設内を歩き回っていた。
「……むーん……」
神妙な顔で。
「おや、何方かと思えば魔術アカデミー生の方ではありませんか。このような所まで態々、ご苦労様です」
と、刺々しい言葉をかけられる。そこにいたのは、魔法薬生成の時に現れた男性職員だった。
「……あの、」
それに気付いた薬術の魔女は、職員に声をかける。職員は返事はしないものの、怪訝な顔で薬術の魔女を見下ろす。
「実験用の動物、わざと怪我させていませんでしたか」
薬術の魔女は眉をひそめたまま職員を見上げると、
「なんだ、そんな事か」
と、職員は丁寧な言葉を止め、心底馬鹿にしたように嗤う。まるで、『薬術の魔女だと聞いていたが期待外れだ』とでも言いた気だ。
「新しい薬を作らなきゃいけないのに、実験対象が怪我するまで放置できるか?」
ひとしきり嘲笑した後、職員はそう答えた。
「……そうですね」
その返答に、薬術の魔女は渋々ながら頷く。道理はわかるが、納得はできなかった。
「……処で、お前は『薬術の魔女』だろ?」
職員は、薬術の魔女を値踏みするかのようにじろじろと見る。その目線がなんとなく嫌で、じり、と半歩身体を引く。
「そう、呼ばれることもあります」
口を尖らせたまま、薬術の魔女は肯定した。それを確認すると、職員は残念なものを見るような目をする。
「可哀想になぁ。あんな不良債権を掴ませられるなんて」
怪訝な表情の薬術の魔女に、「おやぁ、知らなかったのか?」と、得意そうに職員は答える。
「お前の相手は、『呪猫の出来損ない』なんだぜ」
と。
×
「は?」
思わず、薬術の魔女は剣呑な声を上げた。初対面の人間に突然、知り合いを馬鹿にする言葉をかけられたのだ。さすがに薬術の魔女も、穏やかでいられない。
「なぁ、薬猿に来ないか? お前のその頭脳と才能は、本来は薬猿にあるべきものだ」
職員は薬術の魔女に呼びかける。『絶対に、こっちに来るだろ?』とでも言いたそうな、自信満々な顔で。
「あんな呪猫の出来損ないよりは薬猿の者の方が良いだろう」
しかし。その言葉を受けて薬術の魔女が真っ先に思ったことは、
「(えっあの人、猫の家の人だったんだ……)」
ということだった。呪猫は、星見や呪いなどの占いで国を守る古き貴族だ。そして、その家の者は滅多に呪猫から出ないと聞く。
「出来損ないは呪いの腕は確からしいが、あの家は霊の使役と呪いの家だからな」
『どうやら片方の才能がなかったらしいぞ』と、職員は語った。
「そのお陰で勘当され、既に貴族ではない、貴族崩れだ」
黙ったままの薬術の魔女の様子をどう捉えたのか、職員は楽しそうだ。
「家から縁を切られて、貴族崩れの身で宮廷魔術師しているんだ。同じ古き貴族の者として恥ずかしいね」
そう言うと、また馬鹿にしたように笑う。
「ってことは、コネ無しの本当の実力で宮廷魔術師までいったんだね。素直に、すごいって思う」
薬術の魔女は職員にそう返した。
「……何?」
予想外の返答だったらしく、職員は薬術の魔女を睨む。
「というか、あの人が『出来損ない』っていうなら、それよりも何もできないわたしはもっとポンコツだね。じゃあわたしを欲しがる意味もないんじゃないかな」
と、強気に言い切った。
「そしてそろそろ待ち合わせの時間なので失礼します」
ぺこ、と固まったままの職員へ軽く礼をし、薬術の魔女は待ち合わせ場所まで小走りで向かう。