薬術の魔女の結婚事情
伝承。
それは、魔獣の血を持つもの。
それは、『古き貴族』と似て非なるもの。
それは、神と同等の力を持つもの。
それは、器の形が人間であるもの。
それは、魂が人間ではないもの。
人間であり、人間ではない人でなし。
それの全てを満たした者が、『覚醒者』である。
一部のみを満たした人間など、この世界に溢れているからだ。
『覚醒者』が正しい呼び方かどうかも、実のところ定かではない。
ただ、彼らは途中で覚醒したかのように能力の成長が著しい瞬間を持ち、転移者や転生者と同様に高い能力を持っている。
覚醒者は親を持たず、突然に現れる。
ある時は戦争孤児として。
ある時は施設の前に置かれた遺児として。
裏路地の端や橋の下、倉庫の中、などにいつの間にか居る。
転生者の仲間だと言う者が居る。『二度目の生かのようにやけに物分かりがよく、悟った顔をするから』と。
転移者の仲間だと言う者が居る。『生みの親がいないのだから』と。
だが、彼らと違い、覚醒者は元々生活していた場所の記憶は持っていない。
だから、転生者、転移者とは別の区分に分類される。
遺児については実際の所、親が捨てた場合が多い。だが、極低確率で現れる。親に捨てられていない子供というものが。
言うなれば、人がいなくなる神隠しとは反対の、神現しとでもいうのか。
『古き貴族』と同程度の魔獣の血を保持しているが、覚醒者は古き貴族ではない。
全くの血のつながりのない場所から突然、生えてくる。
生まれ落ちた後からは、妙な能力の伸び以外は一般の者と同じだ。
転生者は真っ直ぐな正義感を持ち、蛮勇の者たる資格を持った者になる。
転移者は優しく慈愛の心根を持ち、慈愛の者たる資格を持った者がなる。
だが、覚醒者はとにかく世界から弾き出された計算の下、そうなるような役割を与えられた者となる。
覚醒者には、神から与えられた理由がある。
×
以上が、現状で知り得た『覚醒者』と呼ばれる特殊な人間達の伝承だ。いい加減、監視している対象の正体を知ろうと思ってのことだった。
意外と『転生者』と『転移者』の伝承は残っている。そのほとんどが物語として、あるいは誰かの日記として。だが、『覚醒者』の記録はあまり残っていないようだった。それはきっと、転生者や転移者と違い、異世界の価値観を持っていないから。
『転生者』と『転移者』は、この世界と違う価値観を持っていることが多い。それ故の異変で、『転生者』や『転移者』だと気付かれるのだ。
きっと『覚醒者』は、異世界の記憶を持たないから異常な行動が外的な観測では認められないのだ。だから覚醒するまでその身の異変を身の内に秘めていて、詳細な記録が残らないのだろう。
「……(……莫迦莫迦しい、と、一笑に付す事は出来ませんか)」
宮廷魔術師としての仕事部屋で、魔術師の男は嘆息し手に持つ書物を机に置いた。
創作の一環として記録の有る彼ら。誰かの妄想だとしか言いようのない特別な力を持ち、誰かの幻想のように素晴らしい結果を伴う行動をする。
それはまるで意図的にお膳立てされたかのように、完璧で無駄のない運命だ。作り物のようで儚く脆い。
だが実際、彼らは監視対象として魔術師の男を含め数名の監視員が、その動向を視ている。その事実が、『転生者』と『転移者』『覚醒者』の存在や危険性を証明する全てである。
監視員は、この社会において善良なる市民を守るための公共の安全を守る組織で、国を脅かす危険因子の監視、捕縛が主な仕事だ。
「(……早う彼等が勇者や聖女に成るなり、覚醒するなりして、私共に依る監視を終えて欲しいものです)」
魔術師の男の本業は、宮廷魔術師であり監視員である。どちらかが隠れ蓑という訳ではなく、どちらも本業。やや、監視員寄りだが。
通常は宮廷で魔術師をして研究や国を守る結界の補強を行い、本当の上司から命令が下った際に監視員としての仕事を行っている。
宮廷魔術師になったと同時に監視員の役割を王弟から直々に賜ったのだから、なんとも面倒な話だった。
曰く、『学生会で地獄のような書類仕事と風紀委員もどきをしていた時と同じだろう』と。
「(……よくもまあ学生気分で居られるものだ)」」
内心で呟きながら、魔術師の男は命令通りに仕事をする。