白薔薇園の憂鬱
第6章
第1話
長い間閉ざされていた扉は、その開放を喜ぶかのようにスッと開く。
目の前に、灯台の外壁と同じ真っ白い壁に囲まれた空間が広がった。
海側には大きな明かり採りの窓があり、そこから夏のまばゆい太陽がたっぷりと差し込んでいる。
ただ広いだけの1階部分には、何も置かれていなかった。
充さん曰く、昔はここでパーティやお父さまの友人たちを集めた演奏会などもしていたらしい。
二階部分に上がるためには、手すりも何もない細く短い板を壁に打ち付けただけの、かなり急勾配な階段を登っていかなければならなかった。
たしかに足の不自由な充さんには、ちょっと難しいかもしれない。
「あぁ。本当にここが開いたんだね」
車いすの充さんが、その階段を見上げる私たちに言った。
「気をつけていってらっしゃい」
「はい」
強くうなずいてから、私は二階への階段を一歩踏み出す。
すぐに卓己と千鶴が後に続いた。
天井に開いた穴から、二階の床面に頭を突き出す。
「あれ? ここは締め切られてるんだ」
2階は1階からの階段と、3階へ上がる階段へのわずかな通り道を残しただけで、床から天井までびっしりと板で打ち付けられていた。
「二階は、物置?」
私と卓己は、丁寧にその木製の壁を調べる。
「う~ん。ここに本物の扉みたいな切り込みがあるけど、こちら側からは開けようがないな」
これもヨーラン・リンドグレーン氏のいたずらなのだろうか。木の壁にはいたるところに窓枠のような扉のような額縁が取り付けられていて、それはとても小さな扉だったり、大きすぎる窓だったりして、明らかに実際的な使用を目的としていない。
あんな小さなドアを天井付近の壁につけて、どうやって出入りするんだろう。
空飛ぶ小人か妖精専用の出入り口みたいだ。
「先に三階へ行ってみる?」
「そうだね」
千鶴に促されて、卓己も動きだした。
今度は千鶴を先頭にして、危なっかしい階段を三階へ上がる。
「うわー! ここ、すっごい素敵!」
上に登るにつれ、少しずつ細くなっていく灯台の三階は、床に焦げ茶色のふかふかのカーペットが敷かれ、ロッキングチェアとテーブルが置かれていた。
細く繊細なランプもあり、さながら老魔法使いの隠れ家のようだ。
テーブルには古びたガラスの水差しと数冊の本。
大きな窓からは、たっぷりと日の光が降りそそぐ。
天井は丸いドーム型の、分厚いガラス天井だ。
そして壁には、おじいちゃんの作品『灯台守の休日』が飾られていた。
灯台の白い壁にもたれて、緑の芝生にのんびりと昼寝をしている人物が描かれている。
牢魔法使いの秘密の隠れ家にふさわしい、ゆったりとした画だ。
「絵本の中の世界みたいだね」
そう言った卓己の横で、千鶴が私を振り返った。
「えー! この三上恭平作品、本当にここから持ってっちゃうの? そのために紗和ちゃんが頑張ってきたのはもちろん分かってるけど、なんか、それはそれで、ここに似合いすぎちゃってるから、もったいないような気が……」
そうだよね。
確かに私もちょっと、同じことを思ったんだ。
稀代の芸術家、ヨーラン・リンドグレーン氏が、この部屋に飾るために選んだ作品なだけはある。
ここ以外に、飾るべき場所が思い当たらない。
うちのアトリエに戻ってきてくれるのも嬉しいけど、この絵にとってはここに飾られている方が、断然幸せなんじゃないだろうか。
「……。紗和ちゃん。どうす……る?」
「どうしようかな」
この部屋から、おじいちゃんの絵がなくなった姿を想像してみる。
白い壁に、ぽっかりと空いた隙間は、やっぱりさみしいのかな?
それとも充さんは、また別の新しい違う絵を見つけて、この場所に架けるのかしら。
閉めきられているはずの窓から、わずかな潮の香りがした。
ここは海が近すぎるから、もしかしたら窓枠の桟が腐っているのかもしれない。
白壁に埋め込まれた窓が、私を呼んでいる気がした。
17年間眠ったままの部屋には、新しい空気が必要だ。
とりあえず窓でも開けて、本当にここから絵を持ち帰るかどうか、考えてみようかな。
「さ、紗和……ちゃん?」
私はふらふらと、その窓へ近づいた。
窓の外には、荒れた海が広がっている。
たしかこの窓から、女の子が落ちて死んだんだっけ。
「紗和ちゃん!」
窓枠に触れようとした手を、卓己がつかんだ。
目を合わせた瞬間、ふわりと足元が軽くなる。
「きゃぁ!」
千鶴の叫び声が、天井ドームに響き渡った。
目の前に、灯台の外壁と同じ真っ白い壁に囲まれた空間が広がった。
海側には大きな明かり採りの窓があり、そこから夏のまばゆい太陽がたっぷりと差し込んでいる。
ただ広いだけの1階部分には、何も置かれていなかった。
充さん曰く、昔はここでパーティやお父さまの友人たちを集めた演奏会などもしていたらしい。
二階部分に上がるためには、手すりも何もない細く短い板を壁に打ち付けただけの、かなり急勾配な階段を登っていかなければならなかった。
たしかに足の不自由な充さんには、ちょっと難しいかもしれない。
「あぁ。本当にここが開いたんだね」
車いすの充さんが、その階段を見上げる私たちに言った。
「気をつけていってらっしゃい」
「はい」
強くうなずいてから、私は二階への階段を一歩踏み出す。
すぐに卓己と千鶴が後に続いた。
天井に開いた穴から、二階の床面に頭を突き出す。
「あれ? ここは締め切られてるんだ」
2階は1階からの階段と、3階へ上がる階段へのわずかな通り道を残しただけで、床から天井までびっしりと板で打ち付けられていた。
「二階は、物置?」
私と卓己は、丁寧にその木製の壁を調べる。
「う~ん。ここに本物の扉みたいな切り込みがあるけど、こちら側からは開けようがないな」
これもヨーラン・リンドグレーン氏のいたずらなのだろうか。木の壁にはいたるところに窓枠のような扉のような額縁が取り付けられていて、それはとても小さな扉だったり、大きすぎる窓だったりして、明らかに実際的な使用を目的としていない。
あんな小さなドアを天井付近の壁につけて、どうやって出入りするんだろう。
空飛ぶ小人か妖精専用の出入り口みたいだ。
「先に三階へ行ってみる?」
「そうだね」
千鶴に促されて、卓己も動きだした。
今度は千鶴を先頭にして、危なっかしい階段を三階へ上がる。
「うわー! ここ、すっごい素敵!」
上に登るにつれ、少しずつ細くなっていく灯台の三階は、床に焦げ茶色のふかふかのカーペットが敷かれ、ロッキングチェアとテーブルが置かれていた。
細く繊細なランプもあり、さながら老魔法使いの隠れ家のようだ。
テーブルには古びたガラスの水差しと数冊の本。
大きな窓からは、たっぷりと日の光が降りそそぐ。
天井は丸いドーム型の、分厚いガラス天井だ。
そして壁には、おじいちゃんの作品『灯台守の休日』が飾られていた。
灯台の白い壁にもたれて、緑の芝生にのんびりと昼寝をしている人物が描かれている。
牢魔法使いの秘密の隠れ家にふさわしい、ゆったりとした画だ。
「絵本の中の世界みたいだね」
そう言った卓己の横で、千鶴が私を振り返った。
「えー! この三上恭平作品、本当にここから持ってっちゃうの? そのために紗和ちゃんが頑張ってきたのはもちろん分かってるけど、なんか、それはそれで、ここに似合いすぎちゃってるから、もったいないような気が……」
そうだよね。
確かに私もちょっと、同じことを思ったんだ。
稀代の芸術家、ヨーラン・リンドグレーン氏が、この部屋に飾るために選んだ作品なだけはある。
ここ以外に、飾るべき場所が思い当たらない。
うちのアトリエに戻ってきてくれるのも嬉しいけど、この絵にとってはここに飾られている方が、断然幸せなんじゃないだろうか。
「……。紗和ちゃん。どうす……る?」
「どうしようかな」
この部屋から、おじいちゃんの絵がなくなった姿を想像してみる。
白い壁に、ぽっかりと空いた隙間は、やっぱりさみしいのかな?
それとも充さんは、また別の新しい違う絵を見つけて、この場所に架けるのかしら。
閉めきられているはずの窓から、わずかな潮の香りがした。
ここは海が近すぎるから、もしかしたら窓枠の桟が腐っているのかもしれない。
白壁に埋め込まれた窓が、私を呼んでいる気がした。
17年間眠ったままの部屋には、新しい空気が必要だ。
とりあえず窓でも開けて、本当にここから絵を持ち帰るかどうか、考えてみようかな。
「さ、紗和……ちゃん?」
私はふらふらと、その窓へ近づいた。
窓の外には、荒れた海が広がっている。
たしかこの窓から、女の子が落ちて死んだんだっけ。
「紗和ちゃん!」
窓枠に触れようとした手を、卓己がつかんだ。
目を合わせた瞬間、ふわりと足元が軽くなる。
「きゃぁ!」
千鶴の叫び声が、天井ドームに響き渡った。