白薔薇園の憂鬱
第2章
第1話
佐山CMOの迎えが家に来る時には、約束の時間より前に家の戸締まりを全てすませ、門の影に身を潜めて待つようにしている。
車が停まって扉があいた瞬間さっとそこへ乗り込み、パッとドアを閉める。
今日もその行程を難なく終えて、ほっと息をついた。
「ねぇ、毎回送り迎えしてて思うんだけど、どうしてそんなことをするの?」
動き出した車の中で、呆れた表情の佐山CMOが言った。
「CMOと会ってるところを、誰にも見られたくないんですってば」
本当にこの人は分かってない。
ただの事務員が佐山CMOと会ってるなんて知れ渡ったら、会社にいられなくなる。
どんな噂がたって、なんの意地悪されるか分かったもんじゃない。
「意味が分からないね」
「自分で気をつけるので、大丈夫です」
その返事の何が気に入らなかったのか、彼は私の隣の後部座席で、窓の外を眺めながらぶつぶつと何かを言ってる。
流れる車窓を背景に、その人の横顔をちらりと盗み見た。
もしこれで私が、ただの事務員なんかじゃなくって、すっごい美人のモデルとかだったり、例えばバリバリのキャリアウーマンで自分も起業してますよーとか、そんなのだったら、この関係も変わっていたのかな。
何か他の特別な才能みたいなのがあって、それでこの人と知り合っていたのなら。
たとえばそう、卓己みたいに、絵の才能があって……。
違う。
私は心の中で激しく首を横に振る。
危うく勘違いするところだった。
私は普通の人間だった。
天才なんかじゃない。
この人が私を構うのは、単純におじいちゃんの孫として面白がっているだけだ。
私自身を見ているワケじゃない。
正気を取り戻した私は、真っ直ぐ前に向き直る。
あぁ、どっかに都合良く、ちょうどいい普通の人が落ちてないかな。
絵なんて全く興味なくって、三上恭平だなんて聞いたこともなくって、私が高額なオークションに参加してるのを、「バカだな」ってやめさせてくれるような……。
車は坂道を登り始めた。
遠くから見る分には安っぽくみえた洋館も、近づいてみれば石造りの、案外ちゃんとした立派なお城だった。
「ここ、ラブホテルみたいなところかと思ってました」
「あぁ、そっちの方がよかった?」
「結構他にもお客さんが来てる。流行ってるんですね」
「僕の話聞いてる?」
「たまに」
そう答えた私に、なにがツボだったのか彼は堪えきれない笑いを一生懸命抑えながら、くすくす笑っている。
だったら最初っから、そんなこと言わなければいいのに。
思いっきり冷めた視線で見上げたら、この人はまた笑った。
「本当に君は面白いよね。僕の想像していた姿とは大違いだ」
「何ですかそれ」
「さぁ、ついたよ」
車から降りて、隣に並ぶ。
この人はシンプルな淡いグレーのTシャツに合わせた、濃いグレーのカジュアルなスーツを着ていて、いつものようにビシッと決まっている。
私は初秋に合わせて焦げ茶のワンピースで来たけど、釣り合ってるのかどうかも分からない。
こんなお誘いも所詮この人の気まぐれで、いつまで続くか分からないものだし、今は今を楽しむしかない。
難しいことやこの先のことなんて、考えたって無駄なんだ。
ふとそんな風に思えた瞬間、自然と笑顔になれた。
「ま、楽しんで行きましょうか!」
「あはは。それはいいね」
歩き出した彼が、私を見て微笑んだ。
そのゆっくりとした歩調に合わせ、私も先へ進む。
中は本当に本物のお城のようだった。
広いエントランスホールの中央には、映画セットのような幅の広い階段が赤いじゅうたんと共に上の階から流れ下りていて、石を積み上げた壁には、甲冑や旗が飾られている。
天井には大きなシャンデリアがゆらゆらときらめいていた。
車が停まって扉があいた瞬間さっとそこへ乗り込み、パッとドアを閉める。
今日もその行程を難なく終えて、ほっと息をついた。
「ねぇ、毎回送り迎えしてて思うんだけど、どうしてそんなことをするの?」
動き出した車の中で、呆れた表情の佐山CMOが言った。
「CMOと会ってるところを、誰にも見られたくないんですってば」
本当にこの人は分かってない。
ただの事務員が佐山CMOと会ってるなんて知れ渡ったら、会社にいられなくなる。
どんな噂がたって、なんの意地悪されるか分かったもんじゃない。
「意味が分からないね」
「自分で気をつけるので、大丈夫です」
その返事の何が気に入らなかったのか、彼は私の隣の後部座席で、窓の外を眺めながらぶつぶつと何かを言ってる。
流れる車窓を背景に、その人の横顔をちらりと盗み見た。
もしこれで私が、ただの事務員なんかじゃなくって、すっごい美人のモデルとかだったり、例えばバリバリのキャリアウーマンで自分も起業してますよーとか、そんなのだったら、この関係も変わっていたのかな。
何か他の特別な才能みたいなのがあって、それでこの人と知り合っていたのなら。
たとえばそう、卓己みたいに、絵の才能があって……。
違う。
私は心の中で激しく首を横に振る。
危うく勘違いするところだった。
私は普通の人間だった。
天才なんかじゃない。
この人が私を構うのは、単純におじいちゃんの孫として面白がっているだけだ。
私自身を見ているワケじゃない。
正気を取り戻した私は、真っ直ぐ前に向き直る。
あぁ、どっかに都合良く、ちょうどいい普通の人が落ちてないかな。
絵なんて全く興味なくって、三上恭平だなんて聞いたこともなくって、私が高額なオークションに参加してるのを、「バカだな」ってやめさせてくれるような……。
車は坂道を登り始めた。
遠くから見る分には安っぽくみえた洋館も、近づいてみれば石造りの、案外ちゃんとした立派なお城だった。
「ここ、ラブホテルみたいなところかと思ってました」
「あぁ、そっちの方がよかった?」
「結構他にもお客さんが来てる。流行ってるんですね」
「僕の話聞いてる?」
「たまに」
そう答えた私に、なにがツボだったのか彼は堪えきれない笑いを一生懸命抑えながら、くすくす笑っている。
だったら最初っから、そんなこと言わなければいいのに。
思いっきり冷めた視線で見上げたら、この人はまた笑った。
「本当に君は面白いよね。僕の想像していた姿とは大違いだ」
「何ですかそれ」
「さぁ、ついたよ」
車から降りて、隣に並ぶ。
この人はシンプルな淡いグレーのTシャツに合わせた、濃いグレーのカジュアルなスーツを着ていて、いつものようにビシッと決まっている。
私は初秋に合わせて焦げ茶のワンピースで来たけど、釣り合ってるのかどうかも分からない。
こんなお誘いも所詮この人の気まぐれで、いつまで続くか分からないものだし、今は今を楽しむしかない。
難しいことやこの先のことなんて、考えたって無駄なんだ。
ふとそんな風に思えた瞬間、自然と笑顔になれた。
「ま、楽しんで行きましょうか!」
「あはは。それはいいね」
歩き出した彼が、私を見て微笑んだ。
そのゆっくりとした歩調に合わせ、私も先へ進む。
中は本当に本物のお城のようだった。
広いエントランスホールの中央には、映画セットのような幅の広い階段が赤いじゅうたんと共に上の階から流れ下りていて、石を積み上げた壁には、甲冑や旗が飾られている。
天井には大きなシャンデリアがゆらゆらときらめいていた。