時の縦笛
フミヤ先輩が爆弾発言を残して始まった青蘭高校体育祭のリレー大会。

周りのきつい視線や友達のなんでどうして攻撃を受けながらも私は足自慢たちが並ぶスタートラインを見つめていた。

最初のランナーとしてフミヤ先輩がそこにはいた。

しかもフミヤ先輩だけがクラウチングスタートの構えだ。やっぱり本気(マジ)なんだ。

それだけ私の事を――。

パンッ!!

スタートの合図を告げる銃声が響き渡り、リレー大会は始まった。

クラウチングスタートをがっつり決めたフミヤ先輩は他の足自慢たちを置き去りにして前に出た。

「うおおおっ!」

いつもクールなフミヤ先輩が雄たけびをあげて走っている。

整った顔を必死に崩して走っている。

これも全部私と付き合う為のなの?

フミヤ先輩の本心はわからないままだけど、私は両手を合わせて応援していた。

「がんばれ! フミヤ先輩!」

「うおおおおおッ! ギアチェンジだぜッ!」

フミヤ先輩はそう叫ぶとさらに加速してコーナーを曲がりきる。

完全に他の人はおいていっている。

大逃げだ。まるでサイレンススズカのような大逃げだ。

「よくやったぜフミヤ! あとは俺に任せろ!」

フミヤ先輩にタカシと呼ばれていた人が手を伸ばしてバトンを受け取る態勢を取りながら叫んだ。

だが先輩は止まる気配がない。

「うおおおおおっ!」

「ちょ、ちょっと待てフミヤ! 止まれって!」

「うおおおおおおおおおおおッ!」

「おっ、おい! フミヤ!?」

「悪い貴士! 俺はこの試合、ひとりで勝つ! いや、勝たねばならぬ!」

「ま、本気(マジ)かよ!」

「俺はいつでも――本気(マジ)だぜ!」

フミヤ先輩はバトンを渡すことなくそのまま駆け抜ける。

それを見た周りは一気にどよめいた。

「ねぇ、里美! どうなってるのこれリレーでしょ?」

「フミヤ先輩は本気(マジ)なんだよ」

「えっ?」

「先輩、がんばって」

私はひとりで爆走するフミヤ先輩を眺める。

「うおおおおっ! ギアセカンド!」

リレー大会はフミヤ先輩の独壇場と化す。

ひとりで何周も走っているはずなのに誰もフミヤ先輩に追いつく事が出来ないでいた。

スポーツ万能で学校一のイケメンだからこそ出来る芸当だろう。

ただそうは言ってもフミヤ先輩も人間だ。

限界が近いのか明らかにスピードが落ちてきた。

「ちくしょう――俺は勝たなくちゃいけないんだ! 里美の、里美の為にッ!」

フミヤ先輩は恥ずかしげもなくみんなの前で声高らかに叫ぶ。

聞いている私の方がゆでダコになってしまう。

「おい、見ろよ! 道明寺が持ってるのバトンじゃなくねぇ?」

「えっ? 何言ってんだよ。頭イカれてんのか? リレーって言ったらバトンを渡すもんだろ?」

「なら、よく見てみろよ! あれはバトンじゃないぜ!」

ざわつく周りの様子に私も顔を上げ、フミヤ先輩の姿を瞳の中に捉える。

確かにフミヤ先輩が手に持っているのはバトンじゃないように見える。

なにか茶色がかったもの。あれは――。

「たて、ぶえ?」

私は思わずそうつぶやいていた。

そう、あれは縦笛だ。

しかもあの縦笛には見覚えがある。

私のお気に入りのシールが貼られているあれは間違いない。

「私の縦笛だ」

フミヤ先輩は私の縦笛を握って走っている。

私の為に全力で走っているのだ。

「フミヤ先輩――!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

フミヤ先輩は多くの猛者たちをぶっちぎり1位でゴールした。

最初は意味わからくない見ていた周囲の人たちもフミヤ先輩がゴールしたときにはその熱に浮かされるように歓声を上げていた。

多くの歓声の中ゴールしたフミヤ先輩は人ごみを押し開け、肩で息をしながらも私の元へとやってくる。

「ハァハァ、おまえにこれを返すぜ」

「どうして先輩が私の縦笛を?」

「なんだ覚えてないのか……やっぱりおもしれー女」

「フミヤ先輩どういう事ですか?」

「俺だけが覚えてるんじゃ不公平だ。思い出せ!」

「思い出せって言われても……」

「ほら」

私はフミヤ先輩から差し出された縦笛を受け取った。

そしてフミヤ先輩の顔を間近でじっと見つめる。

今まで私なんかがと思ってよく見てこなかった学校一イケメンの顔。

その顔にはどこか見覚えがあった。

「あっ、えっ――?」

「思い出したみたいだな」

そう言って笑うフミヤ先輩。

その笑顔が私の中にあった記憶を呼び起した。
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