魔王と呼ばれた結界師は王女様がお好き
「どうした? 飲まないのか?」

 カップに注がれた琥珀色の水面をジッと見ているだけのユリアに、ジェラールは眉を寄せた。
 その方眉が軽く上げられたかと思うと、赤い目が冷たく細められ口元には悪い笑みが浮ぶ。

「なんだ? 媚薬でも入れられていると思ったか?」
「えっ⁉」
「だが、それもいいかもしれないな。貴女が私のものとなるなら」

 紅茶を注いだポットを置き、ジェラールはユリアに覆いかぶさるように椅子の背もたれに片手をついた。
 もう片方の手の長い指が、ユリアの顎を軽く捕える。

「や、やめてください」
「私が怖いか? だが、離してやるつもりはない」

 クツクツと喉を鳴らす様はもはやウサギを狩るキツネの様だ。
 いや、そのまま食らおうとする姿勢はオオカミの方が近いだろうか。

「まずはその愛らしい唇を頂こうか?」

 流石魔王というべきか。
 怯える《ウサギ姫》にも容赦はなく、唇に食らいつこうとその美しい顔を近づけてくる。

「だ、だめ……」

(唇にキス? それだけは!)

『唇へのキスは特別なもの。いつかユリアだけの王子様が現れたときのために取っておくのよ?』

 母や姉が優しく髪を撫でながらいつも話してくれた。
 そんな特別なキスを会ったばかりの――しかも魔王と呼ばれる男に奪われるわけにはいかない。

(ほ、頬ではダメかしら? 頬なら兄様や姉様たちといつもしているし!)

 唇は特別だからダメだけれど、頬は親愛の証だからと毎日一度はみんなの頬にキスをしていた。
 ジェラールに親愛の情など無いが、それでも唇を奪われるよりはマシだ。
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