学校公認カップルの痴話喧嘩に遭遇してしまった。
「なっ!」
「んっ、ふ……」
「んのっ……!」
「キャッ!」
襟元を引き上げられ、もう一度唇に柔らかいものが触れる。
1回目より2回目が長く。
感覚がなくなるくらい丁寧に舐めとられてから、床に投げ捨てられた。
私は思考を放棄し自身を無機物と思うことにした。
「彩金の唇、返してもらったぜ」
私を投げ捨てた当人は、色気たっぷりに自身の唇を舐めた。
あれは、西彩金と東銀雅の間接キス。
それ以上は考えまい。
「もうっ! ボクのファーストキスを奪わないでよ!」
「おまえのはじめては全部俺がもらうって決めてんの」
「ボクのものを誰にあげるかはボクが決める」
「そんなこと許さない」
やいのやいの口喧嘩が始まる。
私のファーストキスは?
浮かびかけた疑問を無理矢理消す。
私は死んだふりをやめ、そーっと移動する。
音を立てないように、慎重に。
匍匐前進のように、イモムシのように。
宿題を取りに来ただけのはずなのに、どうしてこんなことに……。
間の悪いことにチャイムが鳴る。
完全下校時間だ。
ピタリと喧嘩をやめたふたりの視線が背中に刺さる。
逃走失敗。
息を潜めて死んだふりに切り替え。
チャイムの鳴り終わった一瞬の静寂の後、西彩金が気まずそうに言った。
「…………この後時間ある?」
私は無言で頷くしかなかった。