先祖返りでオーガの血が色濃く出てしまった大女の私に、なぜか麗しの王太子さまが求婚してくるので困惑しています。
11話 納得いかない顔
「コルネリア、あれほどヘザーさまに無礼を働いては駄目だと教えたのに、まだ分かっていないの?」
ゆらりとカサンドラが立ち上がった。
ビクッと怯えながら、それでもコルネリアは声を張る。
「だって一位はカサンドラじゃない! このまま王太子妃になるんでしょ!?」
「ならないわよ、わたくしは他に想う方がいるのだから」
「え!? そんな話、聞いてない!」
「言っていないもの」
淑女然としているカサンドラだが、コルネリアと一緒だと年相応な面を見せる。
ぽんぽんと飛び交う会話の行方に、ヘザーもマノンも耳をそばだてた。
「じゃあ、お父さまたちのケンカは、勝敗がつかないのかしら? カサンドラと争わなくていいのなら、わたくし嬉しいわ」
「わたくしのお父さまなら、獲得点数が高いからうちの勝ちだと言いそうだし、コルネリアのお父さまなら、どちらも王太子妃になっていないから敗けじゃないと言いそうね」
「面倒くさいわねえ、もう引き分けでいいのに……」
コルネリアが憂い顔で溜め息をつく。
美麗なコルネリアの溜め息は、バラの香りがしそうだった。
「とにかく、わたくしもマノンさまも、アルの恋を応援しているのよ」
「そうなのねえ。……わたくしは今から家に帰る準備をするわ。カサンドラと一緒に滞在できた数か月、とても楽しかった」
ぎゅっと縋り着くコルネリアを、カサンドラが優しく抱き留めた。
両家のしがらみがなければ、もっと大っぴらに仲良くすることが出来るのだろう。
父たちの眼が届かない場所で、こうして友好を深めてきた二人は、さみしそうに別れを惜しんだ。
◇◆◇
試験を通過できなかったのは、コルネリアだけではなかった。
残りの一人も点数が足りず、アルフォンソの婚約者候補はついにヘザーたち三人に絞られる。
そして侍女長から次が最終選考であると告げられ、マノンとカサンドラは辞退を宣言した。
「お二人とも、辞退をされるのですか?」
狼狽える侍女長に、申し訳なさそうなカサンドラが理由を話す。
「わたくしもマノンさまも、選定の儀に参加したのは、アルの婚約者になるためではなかったのです。それに、侍女長もご存じでしょう? アルが長いこと、ヘザーさまを恋い慕っていることを」
「それは、そうですが……」
取り急ぎ国王陛下に判断を仰いできます、と侍女長は退室した。
しかし侍女長が困惑するのも尤もだ。
ヘザーもこのまま決定してしまっていいのか、モヤモヤしたものを感じる。
それが顔に出ていたのだろう。
マノンが覗き込んできた。
「納得いかない顔をしていますね、ヘザーさま」
「国王陛下だけでなく、メンブラード王国の皆さんが、選定の儀を見守っていました。能力の高い王太子妃が選ばれるのを、心待ちにしていたと思います」
「それにヘザーさまが当てはまらない、と思っているのですか?」
「……マノンさまにも、カサンドラさまにも、私は及びません」
ヘザーが三位であるのは、れっきとした事実だ。
それに、アルフォンソの長く拗らせた恋慕を知る者ばかりではない。
そうした人々を承服させるだけのものが、果たしてヘザーにあるだろうか。
「ヘザーさま、こう言ってしまうと失礼にあたるのですが、わたくしもマノンさまも大国や強国の出身です。そもそもの土台となるものが、大きく違っていると思います」
「お二人の国と比べると、確かにオルコット王国はのんびりしていますね」
「スタートの時点で差があるのに、ヘザーさまはそれを埋めるだけの才をお持ちなのです。誇るべきですわ」
カサンドラがヘザーを肯定するが、ヘザーは首を縦に振れなかった。
結局、その日のうちに国王陛下からの通達は届かず、三人の立場は候補者のまま夜になるのだった。
◇◆◇
「ヘザー、僕だよ。入れてくれる?」
寝ようとしたヘザーを、窓の外から聞こえた声が引き留める。
前回と同じくベランダに現れたのは、アルフォンソとウルバーノの主従だ。
ウルバーノは尻尾をぱたぱた振って、ヘザーに会えた喜びを表現している。
正直、とても可愛い。
だがその隣に佇むアルフォンソが、やや暗い顔つきだったので、ヘザーはウルバーノを撫でようとした手を止めた。
「どうかしたのですか?」
「選定の儀の話を聞いたんだ。最終選考の段階に入ったから、カサンドラたちが辞退したって。だけど残ったヘザーはその結果に、納得していないって」
「ああ……そうですね」
「理由を教えてくれる?」
「私でいいのでしょうか?」
「ヘザー?」
「試験を通して、カサンドラさまやマノンさまが、いかにこれまで努力をされてきたのか知ることができました。それに比べて私ときたら、辺境の小国でのんびり暮らして、考えるのはお菓子のことばかり。そんな少女時代を過ごしてきた私が、カサンドラさまやマノンさまを差し置いて、王太子妃になるなんて……」
「この前、僕の隣に立ちたいと言ってくれたけど、嫌になった?」
「違うんです、その気持ちに変わりはありません。ただ、アルフォンソさまが王太子だというのを、急に意識してしまったというか……」
「ふふっ、面白いね。僕の婚約者になりたがる人は、だいたい僕の地位が目当てだって言うのに。ヘザーは違うんだ。ヘザーは……僕自身が目的なんだ」
嬉しそうに笑うアルフォンソの瞳が赤く光る。
ヘザーの心臓がうるさく脈打つのが、聞こえてしまわないか。
「ヘザー、僕は生まれたときから王太子だったけれど、自分がその立場に相応しいとは思っていない。しかし、相応しくあろうとは思っている。この違い、分かるかな?」
「相応しく、あろうと?」
「9歳の僕を知っているヘザーなら分かるでしょう? 我が儘で傲慢で、自分の好きなことにしか関心がなくて、典型的な甘やかされっ子だった僕のせいで、婚約者候補を決めるお茶会は台無しになった。ヘザー以外は嫌だと意地を張って、長らく婚約者候補を絞らなかったから、選定の儀には予想外の人数の候補者が集まってしまって、予算を管理する大臣はやりくりが大変そうだったよ」
苦笑いをこぼすアルフォンソは、もう15歳だ。
まだ我が儘な部分は残っているかもしれないが、それを指摘されたら素直に反省する面もある。
あどけなく楽しいことばかりを追いかけて、無邪気に騎士団長を困らせていた9歳のアルフォンソとは違う。
そう言おうとしたヘザーに、アルフォンソが先回りをする。
「ヘザーから見て、僕は成長したかな?」
「もちろんです」
「これからはもう、成長しないと思う?」
「そんなことはありません」
「僕も成長したいと思う。もっと、国と民を率いるのに、王太子として相応しくありたいと願っている。そのための努力だってする。だからね、今の僕は成長途中なんだ」
「その通りですね」
「ヘザーはどう?」
「私?」
「ヘザーはもう、成長しないのかな?」
「っ……!」
静かに見つめてくるアルフォンソの視線が、違うでしょう? と言っている。
今は選定の儀で三位のヘザーだけれど、それはこれからの努力奮闘で変えられる部分だ。
上を目指さず、立ち止まるのならばそれまでだが、そうではないのならばヘザーだって成長する。
「今、完璧である必要はないんだよ。僕と一緒に、国や民のために成長しようという意欲があれば、それでいいんだ。ヘザーだって成長途中なんだから、現状だけで決めつけないで」
「アルフォンソさま、私……」
「偉そうなことを言ってしまったけど、僕は単純にヘザーが隣にいてくれたら、すごくやる気が出ると思う。それだけでも、ヘザーは国や民のためになるんだよ」
照れたように笑うアルフォンソの頬が赤い。
こくりと頷くヘザーの頬だって赤いはずだ。
アルフォンソに背中を押される形で、ヘザーは王太子妃になる道へと一歩踏み出した。
ゆらりとカサンドラが立ち上がった。
ビクッと怯えながら、それでもコルネリアは声を張る。
「だって一位はカサンドラじゃない! このまま王太子妃になるんでしょ!?」
「ならないわよ、わたくしは他に想う方がいるのだから」
「え!? そんな話、聞いてない!」
「言っていないもの」
淑女然としているカサンドラだが、コルネリアと一緒だと年相応な面を見せる。
ぽんぽんと飛び交う会話の行方に、ヘザーもマノンも耳をそばだてた。
「じゃあ、お父さまたちのケンカは、勝敗がつかないのかしら? カサンドラと争わなくていいのなら、わたくし嬉しいわ」
「わたくしのお父さまなら、獲得点数が高いからうちの勝ちだと言いそうだし、コルネリアのお父さまなら、どちらも王太子妃になっていないから敗けじゃないと言いそうね」
「面倒くさいわねえ、もう引き分けでいいのに……」
コルネリアが憂い顔で溜め息をつく。
美麗なコルネリアの溜め息は、バラの香りがしそうだった。
「とにかく、わたくしもマノンさまも、アルの恋を応援しているのよ」
「そうなのねえ。……わたくしは今から家に帰る準備をするわ。カサンドラと一緒に滞在できた数か月、とても楽しかった」
ぎゅっと縋り着くコルネリアを、カサンドラが優しく抱き留めた。
両家のしがらみがなければ、もっと大っぴらに仲良くすることが出来るのだろう。
父たちの眼が届かない場所で、こうして友好を深めてきた二人は、さみしそうに別れを惜しんだ。
◇◆◇
試験を通過できなかったのは、コルネリアだけではなかった。
残りの一人も点数が足りず、アルフォンソの婚約者候補はついにヘザーたち三人に絞られる。
そして侍女長から次が最終選考であると告げられ、マノンとカサンドラは辞退を宣言した。
「お二人とも、辞退をされるのですか?」
狼狽える侍女長に、申し訳なさそうなカサンドラが理由を話す。
「わたくしもマノンさまも、選定の儀に参加したのは、アルの婚約者になるためではなかったのです。それに、侍女長もご存じでしょう? アルが長いこと、ヘザーさまを恋い慕っていることを」
「それは、そうですが……」
取り急ぎ国王陛下に判断を仰いできます、と侍女長は退室した。
しかし侍女長が困惑するのも尤もだ。
ヘザーもこのまま決定してしまっていいのか、モヤモヤしたものを感じる。
それが顔に出ていたのだろう。
マノンが覗き込んできた。
「納得いかない顔をしていますね、ヘザーさま」
「国王陛下だけでなく、メンブラード王国の皆さんが、選定の儀を見守っていました。能力の高い王太子妃が選ばれるのを、心待ちにしていたと思います」
「それにヘザーさまが当てはまらない、と思っているのですか?」
「……マノンさまにも、カサンドラさまにも、私は及びません」
ヘザーが三位であるのは、れっきとした事実だ。
それに、アルフォンソの長く拗らせた恋慕を知る者ばかりではない。
そうした人々を承服させるだけのものが、果たしてヘザーにあるだろうか。
「ヘザーさま、こう言ってしまうと失礼にあたるのですが、わたくしもマノンさまも大国や強国の出身です。そもそもの土台となるものが、大きく違っていると思います」
「お二人の国と比べると、確かにオルコット王国はのんびりしていますね」
「スタートの時点で差があるのに、ヘザーさまはそれを埋めるだけの才をお持ちなのです。誇るべきですわ」
カサンドラがヘザーを肯定するが、ヘザーは首を縦に振れなかった。
結局、その日のうちに国王陛下からの通達は届かず、三人の立場は候補者のまま夜になるのだった。
◇◆◇
「ヘザー、僕だよ。入れてくれる?」
寝ようとしたヘザーを、窓の外から聞こえた声が引き留める。
前回と同じくベランダに現れたのは、アルフォンソとウルバーノの主従だ。
ウルバーノは尻尾をぱたぱた振って、ヘザーに会えた喜びを表現している。
正直、とても可愛い。
だがその隣に佇むアルフォンソが、やや暗い顔つきだったので、ヘザーはウルバーノを撫でようとした手を止めた。
「どうかしたのですか?」
「選定の儀の話を聞いたんだ。最終選考の段階に入ったから、カサンドラたちが辞退したって。だけど残ったヘザーはその結果に、納得していないって」
「ああ……そうですね」
「理由を教えてくれる?」
「私でいいのでしょうか?」
「ヘザー?」
「試験を通して、カサンドラさまやマノンさまが、いかにこれまで努力をされてきたのか知ることができました。それに比べて私ときたら、辺境の小国でのんびり暮らして、考えるのはお菓子のことばかり。そんな少女時代を過ごしてきた私が、カサンドラさまやマノンさまを差し置いて、王太子妃になるなんて……」
「この前、僕の隣に立ちたいと言ってくれたけど、嫌になった?」
「違うんです、その気持ちに変わりはありません。ただ、アルフォンソさまが王太子だというのを、急に意識してしまったというか……」
「ふふっ、面白いね。僕の婚約者になりたがる人は、だいたい僕の地位が目当てだって言うのに。ヘザーは違うんだ。ヘザーは……僕自身が目的なんだ」
嬉しそうに笑うアルフォンソの瞳が赤く光る。
ヘザーの心臓がうるさく脈打つのが、聞こえてしまわないか。
「ヘザー、僕は生まれたときから王太子だったけれど、自分がその立場に相応しいとは思っていない。しかし、相応しくあろうとは思っている。この違い、分かるかな?」
「相応しく、あろうと?」
「9歳の僕を知っているヘザーなら分かるでしょう? 我が儘で傲慢で、自分の好きなことにしか関心がなくて、典型的な甘やかされっ子だった僕のせいで、婚約者候補を決めるお茶会は台無しになった。ヘザー以外は嫌だと意地を張って、長らく婚約者候補を絞らなかったから、選定の儀には予想外の人数の候補者が集まってしまって、予算を管理する大臣はやりくりが大変そうだったよ」
苦笑いをこぼすアルフォンソは、もう15歳だ。
まだ我が儘な部分は残っているかもしれないが、それを指摘されたら素直に反省する面もある。
あどけなく楽しいことばかりを追いかけて、無邪気に騎士団長を困らせていた9歳のアルフォンソとは違う。
そう言おうとしたヘザーに、アルフォンソが先回りをする。
「ヘザーから見て、僕は成長したかな?」
「もちろんです」
「これからはもう、成長しないと思う?」
「そんなことはありません」
「僕も成長したいと思う。もっと、国と民を率いるのに、王太子として相応しくありたいと願っている。そのための努力だってする。だからね、今の僕は成長途中なんだ」
「その通りですね」
「ヘザーはどう?」
「私?」
「ヘザーはもう、成長しないのかな?」
「っ……!」
静かに見つめてくるアルフォンソの視線が、違うでしょう? と言っている。
今は選定の儀で三位のヘザーだけれど、それはこれからの努力奮闘で変えられる部分だ。
上を目指さず、立ち止まるのならばそれまでだが、そうではないのならばヘザーだって成長する。
「今、完璧である必要はないんだよ。僕と一緒に、国や民のために成長しようという意欲があれば、それでいいんだ。ヘザーだって成長途中なんだから、現状だけで決めつけないで」
「アルフォンソさま、私……」
「偉そうなことを言ってしまったけど、僕は単純にヘザーが隣にいてくれたら、すごくやる気が出ると思う。それだけでも、ヘザーは国や民のためになるんだよ」
照れたように笑うアルフォンソの頬が赤い。
こくりと頷くヘザーの頬だって赤いはずだ。
アルフォンソに背中を押される形で、ヘザーは王太子妃になる道へと一歩踏み出した。