先祖返りでオーガの血が色濃く出てしまった大女の私に、なぜか麗しの王太子さまが求婚してくるので困惑しています。
3話 6年後の招待状
あのお茶会から6年が経ち、ヘザーは16歳になった。
その間に、10歳年上の一番目の姉が国内最強の辺境伯家から婿をもらって、8歳年上の二番目の姉が豪商でもある公爵家へ嫁いだ。
ヘザーは三女ということもあり、婚約者も作らず、のんびりと日々を暮らしている。
「やっぱり生まれ育った国が落ち着くわ。民はこんな私をオーガ姫と慕ってくれるし、お父さまもお母さまも、お姉さまたちだって私を愛してくれる。これが国内限定のぬるま湯だと知っているからこそ、国から離れられないわね」
ヘザーは、きらきらしたお茶会で異分子扱いされた衝撃から、ようやく立ち直っていた。
しかし、この世の春を謳歌するヘザーの日常を、揺るがす一通の手紙が届くのだった。
「メンブラード王国から正式な招待状?」
なんだか、それだけで嫌な予感しかしない。
渋い顔をする愛娘ヘザーに、苦笑を返しながらオルコット王国の国王は提案する。
「あの国では、学びもあったと言っていただろう? 今度は少女ではなく淑女として、訪問してみるのはどうだろう?」
「また婚約者候補が、どうのこうのと言うのじゃないでしょうね?」
前回は、アルフォンソのお誕生日を祝うお茶会としか教えてもらってなくて、自分の身に何が起きているのか知らなかったヘザーだ。
もう騙し打ちみたいな真似はしないでもらいたい。
「その通りだよ。ヘザー、お前が選ばれたんだ。アルフォンソ王太子殿下の婚約者候補に」
そう言って、国王が手渡してきた手紙には、びっしりと文字が並んでいた。
かいつまんで読むと、アルフォンソの婚約者候補のひとりとしてメンブラード王国へ招待したい、正式な婚約者を選ぶための試験を受けてもらえないか、滞在中は賓客として丁寧なもてなしをする……など。
「どうして私が?」
「前回のお茶会で、王太子の目に留まったのだろう」
「それは違うわ。大きいものが好きだという、男の子らしい習性によるものよ。あれから6年も経っているのだから、その理論は通じないわ」
「だが、くだんの王太子からは、この6年間ずっとヘザーに手紙が届いていた」
「……おかしいわ。もう目が覚めてもいいのに……」
「私はおかしいとは思わないよ。私の娘のヘザーは可愛い。どんな男だって惚れてしまうよ」
ヘザーほどではないが、国王にもオーガの血が流れている。
がっしりとした体躯に目鼻立ちのくっきりした顔つき、どんな女性も選び放題だっただろう精悍な国王が妃にしたのは、地味なメガネで顔がほとんど隠れる見映えのしない女性だった。
目が悪い母はいつもメガネを手放さないが、そのメガネの下には、この世の者とは思えない美貌が秘されている。
しかし父がそれに気がついたのは、結婚した後だったそうだ。
つまり父は顔で女性を選ばない。
そんな父の「可愛い」は信じられないとヘザーは思っている。
「それはお父さまの独断と偏見だって言ったでしょ。私はオルコット王国の外に出て、初めて本当の可愛いを知ったんだから」
「おやおや、ご機嫌ななめになってしまったね」
招待を受けるも受けないも、自由にしていいよと笑いながら国王に言われて、ヘザーは悩む。
あのお茶会で見世物扱いをされたのは嫌だったけれど、ウルバーノやお菓子にはいい思い出があった。
だが一方で、今も平均的な女性の身長よりかなり高いヘザーにとって、婚約者候補という可愛い集団に紛れ込むのは無理がある。
「ジロジロ見られるの、苦手なんだけどな」
メンブラード王国への招待状を読み返しながら、これまでにアルフォンソからもらった手紙の文面を思い出す。
ヘザーが気に入って食べていた、甘酸っぱい柑橘のソースがかかった揚げドーナツのレシピを教えてくれたり、大きくなっていくウルバーノの成長過程を知らせてくれたり、そして必ず最後に「僕のお嫁さんになって」の一文が書かれているアルフォンソの手紙は、ヘザーの文机に大切に仕舞われている。
手紙のやり取りばかりで、あれから一度も会っていないが、アルフォンソの言葉はずっと変わらない。
「大きくなったウルバーノに、会いに行こうかな」
さらに背が伸びたヘザーを見て、アルフォンソは何と思うだろうか。
今度こそ、可愛い令嬢や姫に、目が移るのではないか。
ずるずると続いてきた文通が、これを限りに終わるかもしれない。
嫌なことばかりがヘザーの頭をよぎる。
それらをすべて押し隠して、ウルバーノを理由にして訪問を検討するヘザーに、国王は温かい視線を注ぎ続けた。
◇◆◇
結局、ヘザーはメンブラード王国行きを決めた。
あの招待の手紙のすぐ後に、アルフォンソ本人からの手紙が届いたからだ。
文面には、アルフォンソの懸命な想いが綴られていた。
『婚約者選定の儀で、僕の正式な婚約者が決まってしまえば、ヘザーとの交流は禁止されてしまうだろう』
これまでも、アルフォンソは唯一の跡継ぎだったので、メンブラード王国から外へ出ることは叶わなかった。
ヘザーに会いたいとアルフォンソが我が儘を言えば、それはヘザーをメンブラード王国へ呼びつけることを意味する。
いくら大国の王太子と言えど、訳なくそんな横柄な願いは聞き届けられない。
だから会えない代わりに、アルフォンソはたびたび手紙を書いた。
対してヘザーは、あくまでも大きいものが好きな少年心の延長だろうと、節度ある対応をする。
それでもアルフォンソはめげずに「僕のお嫁さんになって」と口説き続けたが、いよいよアルフォンソの年齢が、婚約者のいない状況を許さなくなってきた。
『婚約者になるならないに関係なく、もう一度ヘザーに会いたい。初めて会ったあの日から変わらない、僕の真摯な気持ちを直接、君に伝えたい。どうかメンブラード王国へ来て欲しい』
ここまで頼まれて、断るほどヘザーは冷たくないつもりだ。
現在のヘザーを見ても、アルフォンソの思慕が揺るがないのであれば、ヘザーも考えを改めなくてはならないだろう。
曖昧な関係に区切りをつけるにはちょうどいい機会だ。
そう思ってヘザーはオルコット王国を発つのだった。
◇◆◇
(そうそう、こんな感じだった)
ヘザーは久しぶりに、見世物気分を味わっていた。
メンブラード王国についた途端、国境でアルフォンソとウルバーノによる出迎えを受けたのだ。
馬ほどの大きさに成長していたウルバーノにも驚いたが、6年前は頭ひとつ分は背が低かったアルフォンソの目線の高さが、ヘザーとあまり変わらなくなっていたのにもビックリした。
しかも、9歳のときは短かった黒髪が、長く艶やかに背に垂らされており、苺キャンディ色をしていた赤い瞳は、色濃く妖しくなっている。
もう誰もアルフォンソを可愛いなどと表現しないだろう。
アルフォンソがヘザーに連呼する「カッコいい」を、アルフォンソ自身が体現していた。
「ヘザー、会いたかった!」
そう言って距離感のおかしいアルフォンソに抱きしめられ、結果、ヘザーは周囲からジロジロと見られている。
さらにウルバーノが頭を下げて、ヘザーが撫でやすいような体勢を取ったまま、じっと待機しているのだ。
アルフォンソの護衛騎士たちは、この光景に目を白黒させていた。
(まさか他の婚約者候補のご令嬢たちに会う前に、気まずさの洗礼を受けるとは――)
あまりの熱烈な歓待ぶりに真っ赤になって棒立ちしているヘザーに対し、アルフォンソは嬉しくてニコニコしっぱなしだ。
そして喜びのあまりヘザーの手を取ると、そこに何度もキスを落とす。
アルフォンソの挙動にガチンと固まってしまったヘザーは、もうアルフォンソのヘザーへの気持ちを疑うことは出来なかった。
その間に、10歳年上の一番目の姉が国内最強の辺境伯家から婿をもらって、8歳年上の二番目の姉が豪商でもある公爵家へ嫁いだ。
ヘザーは三女ということもあり、婚約者も作らず、のんびりと日々を暮らしている。
「やっぱり生まれ育った国が落ち着くわ。民はこんな私をオーガ姫と慕ってくれるし、お父さまもお母さまも、お姉さまたちだって私を愛してくれる。これが国内限定のぬるま湯だと知っているからこそ、国から離れられないわね」
ヘザーは、きらきらしたお茶会で異分子扱いされた衝撃から、ようやく立ち直っていた。
しかし、この世の春を謳歌するヘザーの日常を、揺るがす一通の手紙が届くのだった。
「メンブラード王国から正式な招待状?」
なんだか、それだけで嫌な予感しかしない。
渋い顔をする愛娘ヘザーに、苦笑を返しながらオルコット王国の国王は提案する。
「あの国では、学びもあったと言っていただろう? 今度は少女ではなく淑女として、訪問してみるのはどうだろう?」
「また婚約者候補が、どうのこうのと言うのじゃないでしょうね?」
前回は、アルフォンソのお誕生日を祝うお茶会としか教えてもらってなくて、自分の身に何が起きているのか知らなかったヘザーだ。
もう騙し打ちみたいな真似はしないでもらいたい。
「その通りだよ。ヘザー、お前が選ばれたんだ。アルフォンソ王太子殿下の婚約者候補に」
そう言って、国王が手渡してきた手紙には、びっしりと文字が並んでいた。
かいつまんで読むと、アルフォンソの婚約者候補のひとりとしてメンブラード王国へ招待したい、正式な婚約者を選ぶための試験を受けてもらえないか、滞在中は賓客として丁寧なもてなしをする……など。
「どうして私が?」
「前回のお茶会で、王太子の目に留まったのだろう」
「それは違うわ。大きいものが好きだという、男の子らしい習性によるものよ。あれから6年も経っているのだから、その理論は通じないわ」
「だが、くだんの王太子からは、この6年間ずっとヘザーに手紙が届いていた」
「……おかしいわ。もう目が覚めてもいいのに……」
「私はおかしいとは思わないよ。私の娘のヘザーは可愛い。どんな男だって惚れてしまうよ」
ヘザーほどではないが、国王にもオーガの血が流れている。
がっしりとした体躯に目鼻立ちのくっきりした顔つき、どんな女性も選び放題だっただろう精悍な国王が妃にしたのは、地味なメガネで顔がほとんど隠れる見映えのしない女性だった。
目が悪い母はいつもメガネを手放さないが、そのメガネの下には、この世の者とは思えない美貌が秘されている。
しかし父がそれに気がついたのは、結婚した後だったそうだ。
つまり父は顔で女性を選ばない。
そんな父の「可愛い」は信じられないとヘザーは思っている。
「それはお父さまの独断と偏見だって言ったでしょ。私はオルコット王国の外に出て、初めて本当の可愛いを知ったんだから」
「おやおや、ご機嫌ななめになってしまったね」
招待を受けるも受けないも、自由にしていいよと笑いながら国王に言われて、ヘザーは悩む。
あのお茶会で見世物扱いをされたのは嫌だったけれど、ウルバーノやお菓子にはいい思い出があった。
だが一方で、今も平均的な女性の身長よりかなり高いヘザーにとって、婚約者候補という可愛い集団に紛れ込むのは無理がある。
「ジロジロ見られるの、苦手なんだけどな」
メンブラード王国への招待状を読み返しながら、これまでにアルフォンソからもらった手紙の文面を思い出す。
ヘザーが気に入って食べていた、甘酸っぱい柑橘のソースがかかった揚げドーナツのレシピを教えてくれたり、大きくなっていくウルバーノの成長過程を知らせてくれたり、そして必ず最後に「僕のお嫁さんになって」の一文が書かれているアルフォンソの手紙は、ヘザーの文机に大切に仕舞われている。
手紙のやり取りばかりで、あれから一度も会っていないが、アルフォンソの言葉はずっと変わらない。
「大きくなったウルバーノに、会いに行こうかな」
さらに背が伸びたヘザーを見て、アルフォンソは何と思うだろうか。
今度こそ、可愛い令嬢や姫に、目が移るのではないか。
ずるずると続いてきた文通が、これを限りに終わるかもしれない。
嫌なことばかりがヘザーの頭をよぎる。
それらをすべて押し隠して、ウルバーノを理由にして訪問を検討するヘザーに、国王は温かい視線を注ぎ続けた。
◇◆◇
結局、ヘザーはメンブラード王国行きを決めた。
あの招待の手紙のすぐ後に、アルフォンソ本人からの手紙が届いたからだ。
文面には、アルフォンソの懸命な想いが綴られていた。
『婚約者選定の儀で、僕の正式な婚約者が決まってしまえば、ヘザーとの交流は禁止されてしまうだろう』
これまでも、アルフォンソは唯一の跡継ぎだったので、メンブラード王国から外へ出ることは叶わなかった。
ヘザーに会いたいとアルフォンソが我が儘を言えば、それはヘザーをメンブラード王国へ呼びつけることを意味する。
いくら大国の王太子と言えど、訳なくそんな横柄な願いは聞き届けられない。
だから会えない代わりに、アルフォンソはたびたび手紙を書いた。
対してヘザーは、あくまでも大きいものが好きな少年心の延長だろうと、節度ある対応をする。
それでもアルフォンソはめげずに「僕のお嫁さんになって」と口説き続けたが、いよいよアルフォンソの年齢が、婚約者のいない状況を許さなくなってきた。
『婚約者になるならないに関係なく、もう一度ヘザーに会いたい。初めて会ったあの日から変わらない、僕の真摯な気持ちを直接、君に伝えたい。どうかメンブラード王国へ来て欲しい』
ここまで頼まれて、断るほどヘザーは冷たくないつもりだ。
現在のヘザーを見ても、アルフォンソの思慕が揺るがないのであれば、ヘザーも考えを改めなくてはならないだろう。
曖昧な関係に区切りをつけるにはちょうどいい機会だ。
そう思ってヘザーはオルコット王国を発つのだった。
◇◆◇
(そうそう、こんな感じだった)
ヘザーは久しぶりに、見世物気分を味わっていた。
メンブラード王国についた途端、国境でアルフォンソとウルバーノによる出迎えを受けたのだ。
馬ほどの大きさに成長していたウルバーノにも驚いたが、6年前は頭ひとつ分は背が低かったアルフォンソの目線の高さが、ヘザーとあまり変わらなくなっていたのにもビックリした。
しかも、9歳のときは短かった黒髪が、長く艶やかに背に垂らされており、苺キャンディ色をしていた赤い瞳は、色濃く妖しくなっている。
もう誰もアルフォンソを可愛いなどと表現しないだろう。
アルフォンソがヘザーに連呼する「カッコいい」を、アルフォンソ自身が体現していた。
「ヘザー、会いたかった!」
そう言って距離感のおかしいアルフォンソに抱きしめられ、結果、ヘザーは周囲からジロジロと見られている。
さらにウルバーノが頭を下げて、ヘザーが撫でやすいような体勢を取ったまま、じっと待機しているのだ。
アルフォンソの護衛騎士たちは、この光景に目を白黒させていた。
(まさか他の婚約者候補のご令嬢たちに会う前に、気まずさの洗礼を受けるとは――)
あまりの熱烈な歓待ぶりに真っ赤になって棒立ちしているヘザーに対し、アルフォンソは嬉しくてニコニコしっぱなしだ。
そして喜びのあまりヘザーの手を取ると、そこに何度もキスを落とす。
アルフォンソの挙動にガチンと固まってしまったヘザーは、もうアルフォンソのヘザーへの気持ちを疑うことは出来なかった。