先祖返りでオーガの血が色濃く出てしまった大女の私に、なぜか麗しの王太子さまが求婚してくるので困惑しています。
6話 大きいもの愛好家
「ちゃんとした飼い主かどうか、見極めるために?」
「実はウルバーノは、私の愛犬アビゲイルの弟なのです。両国の友好の証として、6年前にガティ皇国からメンブラード王国へ、ウルバーノを進呈しました」
「フェンリルの血が流れている犬が、他にもいるんですか?」
ヘザーは衝撃を受けた。
あんなに大きな犬が、そんなにあちこちに存在しているなんて。
オルコット王国にはいなかったが、大国や強国では当たり前なのだろうか。
うらやましいと思っていると、マノンが一歩踏み込んできた。
「フェンリルを知っているんですね!」
嬉しそうにぱあっと顔を輝かせたので、ヘザーは既視感を覚える。
これはアルフォンソと仲良くなったパターンと同じだ。
もしかしてマノンも、大きいものが好き同盟の一員なのだろうか。
ウルバーノの姉犬を飼っているのだから、疑いは濃い。
「私の祖国であるオルコット王国には、フェンリルが登場する物語があるのです。オーガが主人公の、恋物語の一節なのですが……」
「聞いたことがあります。オルコット王国に脈々と受け継がれているオーガの血の話を」
きらきらした瞳をマノンから向けられ、ヘザーは先ほどの自分の考えがあながち間違いではなかったと確信する。
しかもオーガの血の話を知っているとは、アルフォンソよりも大きいものへの愛好度が高い気がする。
「ヘザーさまにも、オーガの血が流れているんですよね?」
「今いるオルコット王国の王族はみな、オーガの血が流れていますが、色濃く出るかどうかは個人差があるんです」
「ヘザーさまは、先祖返りのオーガ姫と呼ばれていると聞きました」
どうやらヘザーが思っているより、マノンはヘザーに関する知識を持っているようだ。
さすが強国の王女、10歳にして候補者たちの情報を抑えているという訳か。
マノンとの会話がまだ続きそうなので、ヘザーは談話室へとマノンを誘った。
そこで腰を落ち着けて、ふたりは話し込む。
「民には慕われていますが、あくまでも国内だけのこと。マノンさまがご存じだったのは驚きです」
謙遜するヘザーに、マノンは感嘆を隠さない。
「私を軽々と抱え上げるたくましい腕に、惚れ惚れしました。こんなにお美しいのに、どこにそんな力が隠されているのでしょう? 才色兼備とはヘザーさまのための言葉です」
いささか興奮して赤くなっている頬を両手で押さえて、マノンはヘザーの顔をしげしげと眺める。
家族や国民以外から、美しいと言われたのが初めてで、ヘザーも若干顔が赤くなるのを止められない。
そうして顔が赤い同士、仲良く見つめ合っていると、アルフォンソの側近がヘザーを探して談話室へと入ってきた。
「ヘザーさま、お疲れのところ申し訳ありません。アルフォンソさまより、晩餐をご一緒できないかとお誘いがあっているのですが……」
マノンの存在を気にしながら、それでも囁く声で伝えられた内容に、ヘザーの喜びは一瞬で吹き飛ぶ。
アルフォンソとヘザーの関係は、文通友だちだ。
それ以上でも以下でもない。
まるで内緒の間柄であるようにコソコソされるのは癇に障るし、期待を抱かせるような特別扱いをされるのも腹が立つ。
だからヘザーはハッキリと断った。
「それは他の候補者の皆さまと同じ待遇でしょうか? そうでないのならば、お受けする理由がありません」
「アルフォンソさまは、殊に旧知の方をお誘いされているようです。ヘザーさまの他にも、ラモン公爵令嬢カサンドラさまが……」
アルフォンソの恋人らしいカサンドラの名前が出て、ヘザーの態度は急降下する。
「どうぞ、お二人で素晴らしい夜をお過ごしくださいとお伝えください。私はアルフォンソさまと文通をしていただけの、一介の候補者です。お申し出は身に余るので、お断りします」
ヘザーのよく通る声が、談話室にいた他の候補者たちにも届いたようだ。
ちらちらとアルフォンソの側近に視線が投げられると、彼は気まずそうに退室していった。
そのやり取りを最初から隣で見ていたマノンが、談話室にいる候補者たちの心情を代弁する。
「アルフォンソさまとお近づきになれる、絶好のチャンスだったのでは? 断ってしまってよかったのですか?」
「私はこれまで、アルフォンソさまと文通をさせていただきましたが、それ以上の関係ではないとわきまえています。紛らわしい行いをして他の候補者の皆さまに、余計な誤解を与えたくはありません」
ヘザーの返答を聞いて、談話室がにわかにザワつく。
中には、ヘザーがアルフォンソと一緒にウルバーノに乗っていたのを見た候補者もいて、あれはどういうことだったのかと聞かれた。
「6年前のお茶会の際、私がウルバーノにとても懐かれたので、アルフォンソさまはいち早く、会わせてくださったのだと思います。アルフォンソさまとの文通も、内容は主にウルバーノについてでした」
「では、アルフォンソさまとは、ウルバーノを介した繋がりがあるだけで、特別な仲ではないと?」
「私よりもアルフォンソさまと仲が良いご令嬢を、皆さまもご存じですよね」
そう言ってヘザーが談話室を見渡すと、心当たりのある候補者たちから「たしかに、カサンドラさまが……」という声があがった。
「選定の儀ではない場面で、私は抜け駆けをするつもりはありません」
背筋を伸ばしたヘザーがそう言い切ると、いつのまにかヘザーを取り囲んでいた候補者たちの間の緊張も解けた。
そして次々にヘザーへと話しかけてくる。
「変に勘繰って誤解していて、ごめんなさい」
「私、6年前のお茶会に参加していたの。あの騒動、今でも覚えているわ」
「みんな、キャーキャー言って、逃げ回ったわよね」
そこからはマノンも交えて、いかに当時のウルバーノがやんちゃだったのか、思い出話に花が咲いた。
マノンが姉犬のアビゲイルは慎重派で大人しいと言うので、それぞれが信じられないという目をした。
これまで浮いた存在だったヘザーは、この日から他の候補者たちとも、分け隔てなく交流をするようになるのだった。
◇◆◇
その頃、ヘザーに晩餐を断られたアルフォンソは、しくしくと泣いていた。
「どうして……ヘザー……悲しい……」
「鬱陶しいわねえ」
アルフォンソの真向かいに座っているのはカサンドラだ。
「きっと選定の儀が始まったから、遠慮しているのよ。自制できるなんて大人ね。アルも少しは見習ったら?」
「二人きりでは駄目だと側近に言われたから、こうしてカサンドラも誘ったじゃないか。僕は十分に理性的だと思うよ」
「ウルバーノに二人乗りした人の、どこに理性があるのよ」
「ああでもしないと、ヘザーを口説けないだろう?」
「でも結局、口説けなかったんでしょう?」
「そうなんだ。笑っているヘザーを見ているだけで城に着いてしまって、愕然とした」
ああああ……と呻きながら、頭を抱えるアルフォンソに、カサンドラが向ける瞳は冷たい。
「情けないわねえ。わたくしが援護射撃をしている間に、何とかしなさいよ」
「今はどんな活動をしているの?」
「アルの情けない昔話を披露して、候補者たちのアルへの好感度を下げる作戦は、あまり成果がなかったの。だから違う手を考えているところよ」
「そんなことをしなくても、ヘザーなら問題なく最終選考まで残ると思うけど」
「ライバルは少ないに限るわよ。最終選考でわたくしとヘザーさまの一騎打ちになって、そこでわたくしが辞退をすれば、アルの婚約者はヘザーさまに決まるわ」
「代わりにガティ皇国との繋ぎを、何とか見つけてみせるよ」
カサンドラはガティ皇国に想い人がいるのだが、父であるラモン公爵の反対にあって、手紙を出すことさえ禁じられている。
ある条件を提示して交渉を続けているようだが、アルフォンソはラモン公爵家に直接干渉が出来ない。
9歳のときからずっとヘザーを慕い続けて、一方通行の恋のつらさをよく分かっているアルフォンソは、カサンドラと手を組んでそれぞれの想い人との未来を勝ち取ろうと、これまでにも何度か作戦会議を重ねてきた。
まさかそれが逆に、ヘザーを遠ざけてしまう結果になったとは、この時の二人は想像もしていなかった。
「実はウルバーノは、私の愛犬アビゲイルの弟なのです。両国の友好の証として、6年前にガティ皇国からメンブラード王国へ、ウルバーノを進呈しました」
「フェンリルの血が流れている犬が、他にもいるんですか?」
ヘザーは衝撃を受けた。
あんなに大きな犬が、そんなにあちこちに存在しているなんて。
オルコット王国にはいなかったが、大国や強国では当たり前なのだろうか。
うらやましいと思っていると、マノンが一歩踏み込んできた。
「フェンリルを知っているんですね!」
嬉しそうにぱあっと顔を輝かせたので、ヘザーは既視感を覚える。
これはアルフォンソと仲良くなったパターンと同じだ。
もしかしてマノンも、大きいものが好き同盟の一員なのだろうか。
ウルバーノの姉犬を飼っているのだから、疑いは濃い。
「私の祖国であるオルコット王国には、フェンリルが登場する物語があるのです。オーガが主人公の、恋物語の一節なのですが……」
「聞いたことがあります。オルコット王国に脈々と受け継がれているオーガの血の話を」
きらきらした瞳をマノンから向けられ、ヘザーは先ほどの自分の考えがあながち間違いではなかったと確信する。
しかもオーガの血の話を知っているとは、アルフォンソよりも大きいものへの愛好度が高い気がする。
「ヘザーさまにも、オーガの血が流れているんですよね?」
「今いるオルコット王国の王族はみな、オーガの血が流れていますが、色濃く出るかどうかは個人差があるんです」
「ヘザーさまは、先祖返りのオーガ姫と呼ばれていると聞きました」
どうやらヘザーが思っているより、マノンはヘザーに関する知識を持っているようだ。
さすが強国の王女、10歳にして候補者たちの情報を抑えているという訳か。
マノンとの会話がまだ続きそうなので、ヘザーは談話室へとマノンを誘った。
そこで腰を落ち着けて、ふたりは話し込む。
「民には慕われていますが、あくまでも国内だけのこと。マノンさまがご存じだったのは驚きです」
謙遜するヘザーに、マノンは感嘆を隠さない。
「私を軽々と抱え上げるたくましい腕に、惚れ惚れしました。こんなにお美しいのに、どこにそんな力が隠されているのでしょう? 才色兼備とはヘザーさまのための言葉です」
いささか興奮して赤くなっている頬を両手で押さえて、マノンはヘザーの顔をしげしげと眺める。
家族や国民以外から、美しいと言われたのが初めてで、ヘザーも若干顔が赤くなるのを止められない。
そうして顔が赤い同士、仲良く見つめ合っていると、アルフォンソの側近がヘザーを探して談話室へと入ってきた。
「ヘザーさま、お疲れのところ申し訳ありません。アルフォンソさまより、晩餐をご一緒できないかとお誘いがあっているのですが……」
マノンの存在を気にしながら、それでも囁く声で伝えられた内容に、ヘザーの喜びは一瞬で吹き飛ぶ。
アルフォンソとヘザーの関係は、文通友だちだ。
それ以上でも以下でもない。
まるで内緒の間柄であるようにコソコソされるのは癇に障るし、期待を抱かせるような特別扱いをされるのも腹が立つ。
だからヘザーはハッキリと断った。
「それは他の候補者の皆さまと同じ待遇でしょうか? そうでないのならば、お受けする理由がありません」
「アルフォンソさまは、殊に旧知の方をお誘いされているようです。ヘザーさまの他にも、ラモン公爵令嬢カサンドラさまが……」
アルフォンソの恋人らしいカサンドラの名前が出て、ヘザーの態度は急降下する。
「どうぞ、お二人で素晴らしい夜をお過ごしくださいとお伝えください。私はアルフォンソさまと文通をしていただけの、一介の候補者です。お申し出は身に余るので、お断りします」
ヘザーのよく通る声が、談話室にいた他の候補者たちにも届いたようだ。
ちらちらとアルフォンソの側近に視線が投げられると、彼は気まずそうに退室していった。
そのやり取りを最初から隣で見ていたマノンが、談話室にいる候補者たちの心情を代弁する。
「アルフォンソさまとお近づきになれる、絶好のチャンスだったのでは? 断ってしまってよかったのですか?」
「私はこれまで、アルフォンソさまと文通をさせていただきましたが、それ以上の関係ではないとわきまえています。紛らわしい行いをして他の候補者の皆さまに、余計な誤解を与えたくはありません」
ヘザーの返答を聞いて、談話室がにわかにザワつく。
中には、ヘザーがアルフォンソと一緒にウルバーノに乗っていたのを見た候補者もいて、あれはどういうことだったのかと聞かれた。
「6年前のお茶会の際、私がウルバーノにとても懐かれたので、アルフォンソさまはいち早く、会わせてくださったのだと思います。アルフォンソさまとの文通も、内容は主にウルバーノについてでした」
「では、アルフォンソさまとは、ウルバーノを介した繋がりがあるだけで、特別な仲ではないと?」
「私よりもアルフォンソさまと仲が良いご令嬢を、皆さまもご存じですよね」
そう言ってヘザーが談話室を見渡すと、心当たりのある候補者たちから「たしかに、カサンドラさまが……」という声があがった。
「選定の儀ではない場面で、私は抜け駆けをするつもりはありません」
背筋を伸ばしたヘザーがそう言い切ると、いつのまにかヘザーを取り囲んでいた候補者たちの間の緊張も解けた。
そして次々にヘザーへと話しかけてくる。
「変に勘繰って誤解していて、ごめんなさい」
「私、6年前のお茶会に参加していたの。あの騒動、今でも覚えているわ」
「みんな、キャーキャー言って、逃げ回ったわよね」
そこからはマノンも交えて、いかに当時のウルバーノがやんちゃだったのか、思い出話に花が咲いた。
マノンが姉犬のアビゲイルは慎重派で大人しいと言うので、それぞれが信じられないという目をした。
これまで浮いた存在だったヘザーは、この日から他の候補者たちとも、分け隔てなく交流をするようになるのだった。
◇◆◇
その頃、ヘザーに晩餐を断られたアルフォンソは、しくしくと泣いていた。
「どうして……ヘザー……悲しい……」
「鬱陶しいわねえ」
アルフォンソの真向かいに座っているのはカサンドラだ。
「きっと選定の儀が始まったから、遠慮しているのよ。自制できるなんて大人ね。アルも少しは見習ったら?」
「二人きりでは駄目だと側近に言われたから、こうしてカサンドラも誘ったじゃないか。僕は十分に理性的だと思うよ」
「ウルバーノに二人乗りした人の、どこに理性があるのよ」
「ああでもしないと、ヘザーを口説けないだろう?」
「でも結局、口説けなかったんでしょう?」
「そうなんだ。笑っているヘザーを見ているだけで城に着いてしまって、愕然とした」
ああああ……と呻きながら、頭を抱えるアルフォンソに、カサンドラが向ける瞳は冷たい。
「情けないわねえ。わたくしが援護射撃をしている間に、何とかしなさいよ」
「今はどんな活動をしているの?」
「アルの情けない昔話を披露して、候補者たちのアルへの好感度を下げる作戦は、あまり成果がなかったの。だから違う手を考えているところよ」
「そんなことをしなくても、ヘザーなら問題なく最終選考まで残ると思うけど」
「ライバルは少ないに限るわよ。最終選考でわたくしとヘザーさまの一騎打ちになって、そこでわたくしが辞退をすれば、アルの婚約者はヘザーさまに決まるわ」
「代わりにガティ皇国との繋ぎを、何とか見つけてみせるよ」
カサンドラはガティ皇国に想い人がいるのだが、父であるラモン公爵の反対にあって、手紙を出すことさえ禁じられている。
ある条件を提示して交渉を続けているようだが、アルフォンソはラモン公爵家に直接干渉が出来ない。
9歳のときからずっとヘザーを慕い続けて、一方通行の恋のつらさをよく分かっているアルフォンソは、カサンドラと手を組んでそれぞれの想い人との未来を勝ち取ろうと、これまでにも何度か作戦会議を重ねてきた。
まさかそれが逆に、ヘザーを遠ざけてしまう結果になったとは、この時の二人は想像もしていなかった。