先祖返りでオーガの血が色濃く出てしまった大女の私に、なぜか麗しの王太子さまが求婚してくるので困惑しています。
7話 深い絆で結ばれて
滞在して数か月が過ぎた。
数日おきに行われる試験に、ヘザーは合格し続けている。
最初こそ簡単な筆記試験だったが、数回目の他国言語の試験で、メンブラード王国内の候補者がかなり減ってしまった。
試験を通過できなかった候補者たちが、仲良くなったヘザーにも挨拶をして城を去っていく。
それがヘザーには寂しかった。
オルコット王国を旅立ったときは、まさかこんなにたくさんの話し相手が見つかるとは思わず、アルフォンソとウルバーノに会えれば十分と考えていた。
それが一緒に試験を受けたり、談話室で労いあう内に、仲間意識が芽生え友情へと変化していった。
ここでお別れしてしまえば、オルコット王国へ帰るヘザーとの繋がりはなくなってしまう。
それが分かっている候補者たちが、冗談交じりにこう言い残していく。
「ヘザーさまがアルフォンソさまの婚約者になれば、ゆくゆくはメンブラード王国の王妃さまだもの。これからも私たちは会えるわ」
だが、そうはならないだろう。
なぜなら、これまでの試験でずっと、カサンドラが最高点を取り続けているのだ。
さすがに体力を使うダンスの試験では、ヘザーが有利かと思ったが、カサンドラは見事にテンポの早い曲を続けて踊ってみせ、汗ひとつかかずにフィニッシュを決めた。
これにはマノンも驚いたようで、長く拍手を贈る。
「王妃になるための教育を、小さな頃から受けていたのでしょうね」
マノンがそう呟いたのを、ヘザーの耳が拾う。
「さすがはラモン公爵家のカサンドラさまです。素晴らしい努力の賜物だと思います」
少し寂しそうな声に聞こえたのでヘザーはマノンを心配したが、その後に踊ったマノンのダンスはカサンドラに劣らぬ出来栄えだったので、ヘザーはたくさんの拍手を贈ったのだった。
◇◆◇
「カサンドラが気にしていたから、どんなものかと思っていたけれど、わたくしの敵ではありませんわね」
その日の試験の点数が公開され、通過した候補者の名前が読み上げられた後、ヘザーはこれまでに話した覚えのない候補者にいちゃもんをつけられた。
生まれてこの方、体格の立派さや地位の高さから、いちゃもんをつけられた経験がなかったヘザーは、あまりの珍事に遭遇して体の動きが止まる。
それをどう捉えたのか、ふふんと鼻で笑ったのは、波打つ髪も瞳も青い、豪奢な美少女だった。
ヘザーの前で腕組みをして立ち、その進路を塞いだまま、名乗りもせずに語り続ける。
「わたくしが唯一のライバルと認めるカサンドラに、お友だちになりたいと言われたそうね。だけど、うぬぼれないでちょうだい。わたくしはカサンドラとは幼馴染、あなたよりも深い絆で結ばれて――」
「何をしているの、コルネリア! 恥ずかしい真似は止めてちょうだい!」
しかし全てを語り終わる前に、恐ろしく上品な早足でやってきたカサンドラによって、その口を塞がれた。
「ふがっ、止めないでよ、カサンドラ! わたくしは立場というものを分からせてやろうと――」
「分かっていないのは、あなたよ。賓客であるヘザーさまに対して、無礼な口をきくなんて。ディエゴ公爵家はどんな躾をしているの?」
柔らかい印象が強かったカサンドラだが、怒ると鬼のように怖かった。
「ヘザーさま、申し訳ありませんでした。こちらは、メンブラード王国ディエゴ公爵家の長女コルネリアです。わたくしからも強く叱っておきますので、どうか――」
「カサンドラ、見てちょうだい! 今日の試験の点数はわたくしが上なのよ。だから大きい顔をしてやろうと思って、ちょっと声をかけただけなのよ。そんなに怒らなくても――」
「今日の試験はメンブラード王国の地理だったでしょう。メンブラード王国の国民であるコルネリアが、点数を取れて当たり前なの。それよりも以前の、メンブラード王国の歴史の試験はどうだったか覚えている? あなたはヘザーさまより、かなり点数が低かったわね」
ヘザーにも、カサンドラの背後のおどろおどろしい怒りのオーラが見えた。
ヒッと息を吸い、恐れおののいたコルネリアが逃げようとしたが、カサンドラがそれを許さない。
「待ちなさい! ヘザーさまにきちんと謝罪するまで、コルネリアとは口をきかないわよ。それでもいいの?」
「どうして!? わたくしよりもその人が大事なの!? ひどいわ!!」
ついには泣き出したコルネリアを引っ張り、カサンドラが無理やり頭を下げさせた。
ヘザーにとっては至極どうでもよかったので、カサンドラの矛を収めてもらう。
「別に私は気にしていないので、どうかその辺で……」
「寛大なお心遣いに感謝いたします」
べそをかくコルネリアをつれてカサンドラが退場すると、それまでヘザーの隣で成り行きを見守っていたマノンがコルネリアについて教えてくれた。
「コルネリアさまはカサンドラさまの取り巻きのお一人なんですが、どうやら手綱をとるのにカサンドラさまも苦労されているようですね」
「コルネリアさまには少し驚きましたが、怒れるカサンドラさまに比べたら可愛いものでした」
「ヘザーさまも、そう思いましたか? うふふ、私もちょっとカサンドラさまの形相が怖かったです。……しかし人間味があって、ますます王妃の器ですね。これではとても、ガティ皇国に来て欲しいとは……」
ブツブツと何事かを呟き、マノンが考え込む。
マノンはどうやらアルフォンソだけでなく、カサンドラについても何かを見極めようとしているらしい。
こんな小さな女の子がいろいろ背負っているのを見て、ヘザーはお菓子だけを楽しみにしていた10歳当時の自分が恥ずかしくなるのだった。
◇◆◇
――ブシュンッ!
窓の外から聞こえた大きな音に気づき、今まさに寝室へ行こうとしていたヘザーは、ベランダへ続くカーテンをそっと開いてみた。
するとそこには――。
「駄目じゃないか、ウルバーノ。静かにしていないとヘザーに気がつかれてしまうだろう」
「きゅうん、きゅうん」
くしゃみをしてしまったウルバーノに、人差し指を立てて静かにのゼスチャーをしているアルフォンソと、ごめんなさいと言うように前足で顔をくしくし搔いているウルバーノがいた。
「ここで何をしているんですか?」
驚きすぎると、人間は他の感情を忘れるらしい。
アルフォンソに対して、複雑な思いを抱いていたヘザーだったが、今は目の前の光景に戸惑い過ぎて、首をかしげた。
見つかってしまった動揺で目を激しくさ迷わせ、アルフォンソは両手を前に出してヘザーに弁解を始める。
「違うんだ、決して部屋を覗き見しようとか、そういうのではなくて、ただ、ヘザーが元気にしているかどうか知りたくて、侍女長から日頃の報告はもらっているんだけど、どうしても自分の眼で確認したいというか、少しでもヘザーの気配を感じられたらいいなって――」
さんざん捲し立てたアルフォンソだったが、終いには黙り込み顔を俯かせてしまう。
おかしな様子のアルフォンソに、ウルバーノが心配して顔を舐めるがそれにも反応しなかった。
どうしたものかとヘザーが困っていると、ようやくアルフォンソが震え声を絞り出した。
「ごめん。ヘザーが選定の儀の間、僕に対して一線を引いているのは分かっているんだ。公正を期すためにそうした方がいいと、側近たちにも言われた。だけど、ヘザーが僕の国にいるのに、会えないのが、つらくて……」
「アルフォンソさま」
「情けないな。ただでさえ僕はヘザーの年下で、カッコいいところもないのに、ヘザーを好きな気持ちだけは、膨れ上がるほどあるんだ。それを抑えきれなくて、本当にごめん」
俯いていたアルフォンソが、その状態からさらに頭を下げてヘザーに謝罪する。
そして顔を上げずに、そのままウルバーノと立ち去ろうとするので、ヘザーは咄嗟にアルフォンソの腕を掴んで引き留めた。
何かを言おうとした訳ではなく、ただこのまま帰してはいけない気がして、体が勝手に動いた。
「ヘザー?」
振り仰いでこちらを見たアルフォンソが泣いていたので、ヘザーは思わずアルフォンソの頭に腕を回し、自分の肩口に引き寄せる。
こうすれば、アルフォンソは泣き顔をヘザーに晒さなくて済む。
ヘザーよりもやや背が低いアルフォンソを抱きしめる形で、二人はベランダに並び立つ。
隣ではウルバーノが伏せをして、尻尾をパタパタと忙しなく動かしていた。
大好きなアルフォンソとヘザーが、仲良くしているのを喜んでいるようだ。
だが、当のヘザーの雰囲気は、決して穏やかではなかった。
数日おきに行われる試験に、ヘザーは合格し続けている。
最初こそ簡単な筆記試験だったが、数回目の他国言語の試験で、メンブラード王国内の候補者がかなり減ってしまった。
試験を通過できなかった候補者たちが、仲良くなったヘザーにも挨拶をして城を去っていく。
それがヘザーには寂しかった。
オルコット王国を旅立ったときは、まさかこんなにたくさんの話し相手が見つかるとは思わず、アルフォンソとウルバーノに会えれば十分と考えていた。
それが一緒に試験を受けたり、談話室で労いあう内に、仲間意識が芽生え友情へと変化していった。
ここでお別れしてしまえば、オルコット王国へ帰るヘザーとの繋がりはなくなってしまう。
それが分かっている候補者たちが、冗談交じりにこう言い残していく。
「ヘザーさまがアルフォンソさまの婚約者になれば、ゆくゆくはメンブラード王国の王妃さまだもの。これからも私たちは会えるわ」
だが、そうはならないだろう。
なぜなら、これまでの試験でずっと、カサンドラが最高点を取り続けているのだ。
さすがに体力を使うダンスの試験では、ヘザーが有利かと思ったが、カサンドラは見事にテンポの早い曲を続けて踊ってみせ、汗ひとつかかずにフィニッシュを決めた。
これにはマノンも驚いたようで、長く拍手を贈る。
「王妃になるための教育を、小さな頃から受けていたのでしょうね」
マノンがそう呟いたのを、ヘザーの耳が拾う。
「さすがはラモン公爵家のカサンドラさまです。素晴らしい努力の賜物だと思います」
少し寂しそうな声に聞こえたのでヘザーはマノンを心配したが、その後に踊ったマノンのダンスはカサンドラに劣らぬ出来栄えだったので、ヘザーはたくさんの拍手を贈ったのだった。
◇◆◇
「カサンドラが気にしていたから、どんなものかと思っていたけれど、わたくしの敵ではありませんわね」
その日の試験の点数が公開され、通過した候補者の名前が読み上げられた後、ヘザーはこれまでに話した覚えのない候補者にいちゃもんをつけられた。
生まれてこの方、体格の立派さや地位の高さから、いちゃもんをつけられた経験がなかったヘザーは、あまりの珍事に遭遇して体の動きが止まる。
それをどう捉えたのか、ふふんと鼻で笑ったのは、波打つ髪も瞳も青い、豪奢な美少女だった。
ヘザーの前で腕組みをして立ち、その進路を塞いだまま、名乗りもせずに語り続ける。
「わたくしが唯一のライバルと認めるカサンドラに、お友だちになりたいと言われたそうね。だけど、うぬぼれないでちょうだい。わたくしはカサンドラとは幼馴染、あなたよりも深い絆で結ばれて――」
「何をしているの、コルネリア! 恥ずかしい真似は止めてちょうだい!」
しかし全てを語り終わる前に、恐ろしく上品な早足でやってきたカサンドラによって、その口を塞がれた。
「ふがっ、止めないでよ、カサンドラ! わたくしは立場というものを分からせてやろうと――」
「分かっていないのは、あなたよ。賓客であるヘザーさまに対して、無礼な口をきくなんて。ディエゴ公爵家はどんな躾をしているの?」
柔らかい印象が強かったカサンドラだが、怒ると鬼のように怖かった。
「ヘザーさま、申し訳ありませんでした。こちらは、メンブラード王国ディエゴ公爵家の長女コルネリアです。わたくしからも強く叱っておきますので、どうか――」
「カサンドラ、見てちょうだい! 今日の試験の点数はわたくしが上なのよ。だから大きい顔をしてやろうと思って、ちょっと声をかけただけなのよ。そんなに怒らなくても――」
「今日の試験はメンブラード王国の地理だったでしょう。メンブラード王国の国民であるコルネリアが、点数を取れて当たり前なの。それよりも以前の、メンブラード王国の歴史の試験はどうだったか覚えている? あなたはヘザーさまより、かなり点数が低かったわね」
ヘザーにも、カサンドラの背後のおどろおどろしい怒りのオーラが見えた。
ヒッと息を吸い、恐れおののいたコルネリアが逃げようとしたが、カサンドラがそれを許さない。
「待ちなさい! ヘザーさまにきちんと謝罪するまで、コルネリアとは口をきかないわよ。それでもいいの?」
「どうして!? わたくしよりもその人が大事なの!? ひどいわ!!」
ついには泣き出したコルネリアを引っ張り、カサンドラが無理やり頭を下げさせた。
ヘザーにとっては至極どうでもよかったので、カサンドラの矛を収めてもらう。
「別に私は気にしていないので、どうかその辺で……」
「寛大なお心遣いに感謝いたします」
べそをかくコルネリアをつれてカサンドラが退場すると、それまでヘザーの隣で成り行きを見守っていたマノンがコルネリアについて教えてくれた。
「コルネリアさまはカサンドラさまの取り巻きのお一人なんですが、どうやら手綱をとるのにカサンドラさまも苦労されているようですね」
「コルネリアさまには少し驚きましたが、怒れるカサンドラさまに比べたら可愛いものでした」
「ヘザーさまも、そう思いましたか? うふふ、私もちょっとカサンドラさまの形相が怖かったです。……しかし人間味があって、ますます王妃の器ですね。これではとても、ガティ皇国に来て欲しいとは……」
ブツブツと何事かを呟き、マノンが考え込む。
マノンはどうやらアルフォンソだけでなく、カサンドラについても何かを見極めようとしているらしい。
こんな小さな女の子がいろいろ背負っているのを見て、ヘザーはお菓子だけを楽しみにしていた10歳当時の自分が恥ずかしくなるのだった。
◇◆◇
――ブシュンッ!
窓の外から聞こえた大きな音に気づき、今まさに寝室へ行こうとしていたヘザーは、ベランダへ続くカーテンをそっと開いてみた。
するとそこには――。
「駄目じゃないか、ウルバーノ。静かにしていないとヘザーに気がつかれてしまうだろう」
「きゅうん、きゅうん」
くしゃみをしてしまったウルバーノに、人差し指を立てて静かにのゼスチャーをしているアルフォンソと、ごめんなさいと言うように前足で顔をくしくし搔いているウルバーノがいた。
「ここで何をしているんですか?」
驚きすぎると、人間は他の感情を忘れるらしい。
アルフォンソに対して、複雑な思いを抱いていたヘザーだったが、今は目の前の光景に戸惑い過ぎて、首をかしげた。
見つかってしまった動揺で目を激しくさ迷わせ、アルフォンソは両手を前に出してヘザーに弁解を始める。
「違うんだ、決して部屋を覗き見しようとか、そういうのではなくて、ただ、ヘザーが元気にしているかどうか知りたくて、侍女長から日頃の報告はもらっているんだけど、どうしても自分の眼で確認したいというか、少しでもヘザーの気配を感じられたらいいなって――」
さんざん捲し立てたアルフォンソだったが、終いには黙り込み顔を俯かせてしまう。
おかしな様子のアルフォンソに、ウルバーノが心配して顔を舐めるがそれにも反応しなかった。
どうしたものかとヘザーが困っていると、ようやくアルフォンソが震え声を絞り出した。
「ごめん。ヘザーが選定の儀の間、僕に対して一線を引いているのは分かっているんだ。公正を期すためにそうした方がいいと、側近たちにも言われた。だけど、ヘザーが僕の国にいるのに、会えないのが、つらくて……」
「アルフォンソさま」
「情けないな。ただでさえ僕はヘザーの年下で、カッコいいところもないのに、ヘザーを好きな気持ちだけは、膨れ上がるほどあるんだ。それを抑えきれなくて、本当にごめん」
俯いていたアルフォンソが、その状態からさらに頭を下げてヘザーに謝罪する。
そして顔を上げずに、そのままウルバーノと立ち去ろうとするので、ヘザーは咄嗟にアルフォンソの腕を掴んで引き留めた。
何かを言おうとした訳ではなく、ただこのまま帰してはいけない気がして、体が勝手に動いた。
「ヘザー?」
振り仰いでこちらを見たアルフォンソが泣いていたので、ヘザーは思わずアルフォンソの頭に腕を回し、自分の肩口に引き寄せる。
こうすれば、アルフォンソは泣き顔をヘザーに晒さなくて済む。
ヘザーよりもやや背が低いアルフォンソを抱きしめる形で、二人はベランダに並び立つ。
隣ではウルバーノが伏せをして、尻尾をパタパタと忙しなく動かしていた。
大好きなアルフォンソとヘザーが、仲良くしているのを喜んでいるようだ。
だが、当のヘザーの雰囲気は、決して穏やかではなかった。