先祖返りでオーガの血が色濃く出てしまった大女の私に、なぜか麗しの王太子さまが求婚してくるので困惑しています。
9話 真正面から行く
「ヘザーさま、こちらにいらしたのですか?」
共同施設の図書室にいたヘザーを見つけ、マノンが声をかける。
読んでいた本から顔を上げると、ヘザーは近くまで来たマノンに微笑む。
「次の試験のためになればと思って、いろいろな資料に目を通していました」
「熱心ですね。最終選考が近くなって、試験もずいぶん難しくなりましたよね」
顎に手をやって溜め息をつくマノンだが、実はカサンドラの次に得点が高い。
やはり大国や強国は、教育に対して取り組む姿勢が違うとヘザーは感心している。
「ヘザーさまと私のほかに、残っているのは三名。その中でも、やはりカサンドラさまが飛び抜けていますね」
ヘザーはアルフォンソから、カサンドラが婚約者にはならないと聞いている。
そうすると、最も婚約者に選ばれる可能性が高いのはマノンだ。
しかしマノンは、アルフォンソの飼い主としての適性を気にしたり、カサンドラの能力を推し計ったり、およそ婚約者になりたそうな様子が見受けられない。
もしかして? と思ってヘザーはマノンの真意を尋ねる。
「マノンさまは……婚約者になるつもりがないのでしょうか?」
「やっぱり分かってしまいますか? ヘザーさまとは一緒にいる時間が長いですからね。いつかはバレると思っていました」
首をこてんと倒して、苦笑いをするマノンは、いつもより少し大人に見える。
何がこの少女をそうさせているのだろうか、とヘザーは気になった。
「私が婚約者選定の儀に参加した理由の一つが、ウルバーノの現状を確かめるためだと、以前お話しましたよね。アルフォンソさまが飼い主として、ちゃんとしているかどうかを見たいと」
「覚えています」
「もう一つの理由が、カサンドラさまの本意を探るためなのです。メンブラード王国の王妃になりたいと思っているのかどうか、それが知りたくて参加しました」
ヘザーはハッと息を飲む。
その答えをヘザーは知っている。
カサンドラは最終選考に残ったとしても、辞退を申し出る。
アルフォンソ以外に想う人がいるからだと聞いた。
「本当は、ほかの候補者たちと仲良くなるつもりはなくて、あまり目立たずに、目的を成し遂げるだけのはずでした。だけど……」
そこでマノンはヘザーを見て、にこりと笑った。
「私はヘザーさまに出会ってしまった。温かくて大きくて力強くて、優しい素敵な人。ヘザーさまと少しでも長く一緒にいたいから、つい選定の儀も頑張ってしまいました」
「マノンさま……」
「私にアルフォンソさまの婚約者になる気は全くないのです。ヘザーさまがそれを望んでいるのなら、私はその助けになりますよ」
マノンの若葉色の瞳が、しっかりとヘザーを捉えてきらめく。
体は小さくても、皇族のオーラを放つマノンは眩しい。
「とは言え、カサンドラさまの本意がまだ分からなくて、それを探るのに手こずっているのです。……ヘザーさま、何かご存じではありませんか?」
先ほど、ヘザーが息を飲んでしまったせいで、鋭いマノンに勘付かれてしまったようだ。
だからと言って、うっかり話していい内容ではない。
どうしようかとヘザーが困っていると、マノンの方から内情を打ち明けてくる。
「ガティ皇帝の弟、つまり私の叔父には、ネイトという14歳の息子がいます。私の従兄です」
ヘザーが大人しく聞く体勢になると、マノンは続きを話す。
「そのネイトが、カサンドラさまに一目惚れをしてしまったのが、事の発端なのです。カサンドラさまは傍目に見ても分かるほど、王妃になるのに相応しい教育を施されています。皇太子である私の兄に、もし相思相愛の婚約者がいなければ、父は迷わずカサンドラさまに白羽の矢を立てたでしょう」
ここでマノンは、ひとつ溜め息を零す。
「そんなカサンドラさまが選定の儀に参加しているということは、メンブラード王国の王妃を目指しているのかもしれない、と私は思いました。それならば、ネイトには早々に諦めるように、忠告しなければなりません。ネイトもアルフォンソさま同様、婚約者を決める時期に来ているのです」
「いい年頃ですからね」
ヘザーは16歳までのんびりしていた自分のことを棚に上げる。
この辺りも、大国や強国とは事情が違うのだ。
「今回の選定の儀に紛れ込んで、カサンドラさまの思惑を探ろうと思いましたが、なかなか取り巻きたちのガードが固くて……」
マノンはちらりと上目遣いでヘザーを見る。
「ヘザーさま、何かご存じですよね」
今度は疑問詞をつけずに聞いてきた。
だが、アルフォンソから教えてもらった情報を、ヘザーの口からマノンに漏らす訳にはいかない。
ヘザーはいろいろ難しいことを考えるのを止めて、真正面から行くことにした。
「マノンさま、カサンドラさまに直接、聞きに行きましょう」
◇◆◇
「ヘザーさまは大胆ですね。ますます好きになりました。コソコソと情報を集めていた自分が恥ずかしいです」
マノンからキラキラした眼で見上げられて、これが面倒くさがった結果だとはとても言えなかった。
ヘザーたちは今、カサンドラの部屋へ通されて、侍女からお茶とお菓子を出してもらっている。
カサンドラの準備が整うまで、少々お待ちくださいと言われたのだ。
「マノンさま、この揚げドーナツが私のおすすめです。柑橘の甘酸っぱいソースと、よく合うんですよ」
「このソースは、メンブラード王国の特産品を使っていますね。他国からの客をもてなすために、考案されたのかもしれません」
「初めてメンブラード王国のお茶会に招待された10歳のときに食べて以来、すっかり私の好物になってしまって」
「ヘザーさまは柑橘がお好きですか? ガティ皇国には私の頭よりも大きな柑橘があるので、今度ぜひ贈らせてください」
「大きいもの好きは、国家レベルなんですか?」
そうやって他愛のない話をしていると、くすくすと可憐な笑い声がした。
「まるで仲の良い姉妹のようですね。ヘザーさま、マノンさま、大変お待たせいたしました」
優雅にカサンドラが現れる。
ヘザーとマノンの前にあるソファに座ると、二人が食べていた揚げドーナツに目をやる。
「突然、アルが揚げドーナツ好きになった理由が分かりましたわ。ヘザーさまの好物を自分も好きになりたいという、健気な気持ちからだったんですね」
きょとんとするマノンの隣で、ヘザーは頬が赤くなる。
アルフォンソも揚げドーナツが好きだとは聞いていたが、まさかヘザーが原因だとは知らなかったからだ。
「ヘザーさま、今日はこうしてマノンさまと話す機会をつくってくれて、感謝しています。ずっとわたくしからマノンさまへ話しかけようと思っていたのですが、どうしても勇気が出なかったのです。マノンさまの従兄のネイトさまについて、いろいろ教えていただきたかったのに……」
そういうカサンドラの頬が、少し赤い。
ヘザーとマノンは、お互いの顔を見合わせた。
こちらから聞かずとも、カサンドラの気持ちの所在が分かりそうだ。
ヘザーとマノンは、カサンドラに話の続きを促す。
「わたくしとネイトさまは、2年前に旅行先で出会ったのです。お互いの身分など知らずに、滞在している数日間だけ、気の合う友だちとして過ごしました。ネイトさまはわたくしより年下なのに、礼儀正しく教養深く、まるで小さな紳士でした。わたくしはすっかりネイトさまに夢中になってしまったのです。お別れする間際、初めて本当の名前を教え合いました」
そこで侍女が持ってきたお茶で、カサンドラは喉を潤した。
その間に、またしてもヘザーとマノンは、お互いの顔を見合わせる。
それぞれの顔に「これは、いい方向に話が向かうのでは?」と書かれていた。
共同施設の図書室にいたヘザーを見つけ、マノンが声をかける。
読んでいた本から顔を上げると、ヘザーは近くまで来たマノンに微笑む。
「次の試験のためになればと思って、いろいろな資料に目を通していました」
「熱心ですね。最終選考が近くなって、試験もずいぶん難しくなりましたよね」
顎に手をやって溜め息をつくマノンだが、実はカサンドラの次に得点が高い。
やはり大国や強国は、教育に対して取り組む姿勢が違うとヘザーは感心している。
「ヘザーさまと私のほかに、残っているのは三名。その中でも、やはりカサンドラさまが飛び抜けていますね」
ヘザーはアルフォンソから、カサンドラが婚約者にはならないと聞いている。
そうすると、最も婚約者に選ばれる可能性が高いのはマノンだ。
しかしマノンは、アルフォンソの飼い主としての適性を気にしたり、カサンドラの能力を推し計ったり、およそ婚約者になりたそうな様子が見受けられない。
もしかして? と思ってヘザーはマノンの真意を尋ねる。
「マノンさまは……婚約者になるつもりがないのでしょうか?」
「やっぱり分かってしまいますか? ヘザーさまとは一緒にいる時間が長いですからね。いつかはバレると思っていました」
首をこてんと倒して、苦笑いをするマノンは、いつもより少し大人に見える。
何がこの少女をそうさせているのだろうか、とヘザーは気になった。
「私が婚約者選定の儀に参加した理由の一つが、ウルバーノの現状を確かめるためだと、以前お話しましたよね。アルフォンソさまが飼い主として、ちゃんとしているかどうかを見たいと」
「覚えています」
「もう一つの理由が、カサンドラさまの本意を探るためなのです。メンブラード王国の王妃になりたいと思っているのかどうか、それが知りたくて参加しました」
ヘザーはハッと息を飲む。
その答えをヘザーは知っている。
カサンドラは最終選考に残ったとしても、辞退を申し出る。
アルフォンソ以外に想う人がいるからだと聞いた。
「本当は、ほかの候補者たちと仲良くなるつもりはなくて、あまり目立たずに、目的を成し遂げるだけのはずでした。だけど……」
そこでマノンはヘザーを見て、にこりと笑った。
「私はヘザーさまに出会ってしまった。温かくて大きくて力強くて、優しい素敵な人。ヘザーさまと少しでも長く一緒にいたいから、つい選定の儀も頑張ってしまいました」
「マノンさま……」
「私にアルフォンソさまの婚約者になる気は全くないのです。ヘザーさまがそれを望んでいるのなら、私はその助けになりますよ」
マノンの若葉色の瞳が、しっかりとヘザーを捉えてきらめく。
体は小さくても、皇族のオーラを放つマノンは眩しい。
「とは言え、カサンドラさまの本意がまだ分からなくて、それを探るのに手こずっているのです。……ヘザーさま、何かご存じではありませんか?」
先ほど、ヘザーが息を飲んでしまったせいで、鋭いマノンに勘付かれてしまったようだ。
だからと言って、うっかり話していい内容ではない。
どうしようかとヘザーが困っていると、マノンの方から内情を打ち明けてくる。
「ガティ皇帝の弟、つまり私の叔父には、ネイトという14歳の息子がいます。私の従兄です」
ヘザーが大人しく聞く体勢になると、マノンは続きを話す。
「そのネイトが、カサンドラさまに一目惚れをしてしまったのが、事の発端なのです。カサンドラさまは傍目に見ても分かるほど、王妃になるのに相応しい教育を施されています。皇太子である私の兄に、もし相思相愛の婚約者がいなければ、父は迷わずカサンドラさまに白羽の矢を立てたでしょう」
ここでマノンは、ひとつ溜め息を零す。
「そんなカサンドラさまが選定の儀に参加しているということは、メンブラード王国の王妃を目指しているのかもしれない、と私は思いました。それならば、ネイトには早々に諦めるように、忠告しなければなりません。ネイトもアルフォンソさま同様、婚約者を決める時期に来ているのです」
「いい年頃ですからね」
ヘザーは16歳までのんびりしていた自分のことを棚に上げる。
この辺りも、大国や強国とは事情が違うのだ。
「今回の選定の儀に紛れ込んで、カサンドラさまの思惑を探ろうと思いましたが、なかなか取り巻きたちのガードが固くて……」
マノンはちらりと上目遣いでヘザーを見る。
「ヘザーさま、何かご存じですよね」
今度は疑問詞をつけずに聞いてきた。
だが、アルフォンソから教えてもらった情報を、ヘザーの口からマノンに漏らす訳にはいかない。
ヘザーはいろいろ難しいことを考えるのを止めて、真正面から行くことにした。
「マノンさま、カサンドラさまに直接、聞きに行きましょう」
◇◆◇
「ヘザーさまは大胆ですね。ますます好きになりました。コソコソと情報を集めていた自分が恥ずかしいです」
マノンからキラキラした眼で見上げられて、これが面倒くさがった結果だとはとても言えなかった。
ヘザーたちは今、カサンドラの部屋へ通されて、侍女からお茶とお菓子を出してもらっている。
カサンドラの準備が整うまで、少々お待ちくださいと言われたのだ。
「マノンさま、この揚げドーナツが私のおすすめです。柑橘の甘酸っぱいソースと、よく合うんですよ」
「このソースは、メンブラード王国の特産品を使っていますね。他国からの客をもてなすために、考案されたのかもしれません」
「初めてメンブラード王国のお茶会に招待された10歳のときに食べて以来、すっかり私の好物になってしまって」
「ヘザーさまは柑橘がお好きですか? ガティ皇国には私の頭よりも大きな柑橘があるので、今度ぜひ贈らせてください」
「大きいもの好きは、国家レベルなんですか?」
そうやって他愛のない話をしていると、くすくすと可憐な笑い声がした。
「まるで仲の良い姉妹のようですね。ヘザーさま、マノンさま、大変お待たせいたしました」
優雅にカサンドラが現れる。
ヘザーとマノンの前にあるソファに座ると、二人が食べていた揚げドーナツに目をやる。
「突然、アルが揚げドーナツ好きになった理由が分かりましたわ。ヘザーさまの好物を自分も好きになりたいという、健気な気持ちからだったんですね」
きょとんとするマノンの隣で、ヘザーは頬が赤くなる。
アルフォンソも揚げドーナツが好きだとは聞いていたが、まさかヘザーが原因だとは知らなかったからだ。
「ヘザーさま、今日はこうしてマノンさまと話す機会をつくってくれて、感謝しています。ずっとわたくしからマノンさまへ話しかけようと思っていたのですが、どうしても勇気が出なかったのです。マノンさまの従兄のネイトさまについて、いろいろ教えていただきたかったのに……」
そういうカサンドラの頬が、少し赤い。
ヘザーとマノンは、お互いの顔を見合わせた。
こちらから聞かずとも、カサンドラの気持ちの所在が分かりそうだ。
ヘザーとマノンは、カサンドラに話の続きを促す。
「わたくしとネイトさまは、2年前に旅行先で出会ったのです。お互いの身分など知らずに、滞在している数日間だけ、気の合う友だちとして過ごしました。ネイトさまはわたくしより年下なのに、礼儀正しく教養深く、まるで小さな紳士でした。わたくしはすっかりネイトさまに夢中になってしまったのです。お別れする間際、初めて本当の名前を教え合いました」
そこで侍女が持ってきたお茶で、カサンドラは喉を潤した。
その間に、またしてもヘザーとマノンは、お互いの顔を見合わせる。
それぞれの顔に「これは、いい方向に話が向かうのでは?」と書かれていた。