シンデレラの次姉ですが、この世界でも私の仕事は他人の尻拭いですか?
十一話 緑頭の魔法使い
「そんなに簡単に割る決心しないで! 本当に代々の魔法使いに呪われてもおかしくない代物なんだよ!」
マッシュルーム頭に隠れて見えないが、きっと泣いてるんだろうなという声だった。
ちょっと可哀そうになって、ソフィアは振りかぶった手を下ろす。
魔法使いは安心して床にしゃがみこんだ。
「良かった……またお婆ちゃんに怒られるところだった……」
やっぱりお婆ちゃんから代替わりしてる?
「ほらね、やっぱり来たでしょ。ソフィア、願い事を聞いてもらおう。何度でもやり直してくれるよ!」
「違うんです! 本当は何度もやり直すことは出来ないんです! この前は、ちょっと、噛み付かれるのが怖くて……」
ああ、そうやって脅されて。
お察しするわ。
「私が悪いみたいに言わないでくれる? そもそも私を選んだのは魔法使いでしょ?」
「そうなんです、どうして間違えてしまったのか。心のきれいな人だと思ったのに……」
そんな人から噛み付くぞと脅されたなんて。
トラウマものだわ。
魔力切れで寝込んでいたのも、精神的影響があったのかもしれないわね。
「それで、ソフィアは試練中なんでしょ? もういい加減、願いを叶えてあげてよ。この目の下の隈、これを見てなんとも思わないの? 悪魔なの?」
しょげている魔法使いに畳みかけるシンデレラを、ソフィアはまあまあとなだめる。
相手は叩いても叩いても応えないグレイスではないのだ。
「うっ、うっ、すみません。まだ魔力が完全に回復しないのです」
ついに涙を流して泣き始めてしまった魔法使い。
「いいのよ、あのドレスに魔力をたくさん注いだのでしょう? 疲れていても仕方がないわ」
この世界に存在しないはずのイルミネーションを創造してしまったのだ。
大変な思いをしただろう。
「うっ、うっ、本当に心のきれいな人は、こんなに優しいんだなあ……」
今度は感動して泣き始めてしまった。
それから魔法使いの話を聞くと、人選を間違えてお婆ちゃんに散々怒られた魔法使いは、今度こそとソフィアを見つけ試練を与えたのだという。
ところが思っていたよりも自分の魔力の回復が遅く、本当だったら一週間ほどで終わるはずの試練が終わらない。
どうしようとうろたえていたときに、ガラスの靴の悲鳴を聞いて駆けつけたのだそうだ。
え?
ガラスの靴って生きてるの?
ソフィアは怖くなって、ガラスの靴を魔法使いに返すことにした。
「あると便利なのに!」
割りたがりのシンデレラには絶対に返せない。
相手は生きものなのだ。
さて、魔法使いの魔力が回復しないことには、ソフィアの願いも叶えられないという。
「ほかの童話では何かを生贄に捧げるといいとか言うじゃない? 髪の毛とか声とか」
ソフィアが提案してみる。
「そうですね、そういう例もあるようです。ちなみに、ソフィアさんの願いは王子さまに関係しますか?」
「そうね、セオドアさまの体調をもとに戻してほしいのだけど、出来たらそもそもの目の病気を治してほしいと思っているわ」
「おそらくですが、今の症状は目の病気が大きく関わっています。ですので、目の病気を治すことで、現状も回復すると思うのです」
「だったら私の願いはひとつね。セオドアさまの目の病気の完全なる治癒よ」
「ボクの魔力量が、今は半分しかありません。王子さまの目の病気を治すには、やはり満タンまで回復させないと……」
「ねえ? その生贄に、あのドレスは使えないの? ドレスは魔力で作ったんでしょ? だったらあのドレスに少しは魔力が残っているんじゃないの?」
ここでシンデレラがまたしても爆弾発言をした。
「何を言うの、シンデレラ。あなた、あのドレスを気に入っていたじゃない。私のために犠牲にすることないのよ」
「でもさ、あのドレスを何度も作り直させたから、魔法使いは魔力切れになってるんでしょ? それにもうあのドレスはいらないから、生贄にしてもいいんだよ」
表情はうかがえないが、魔法使いから流れ出る哀愁を感じる。
それはそうだろう。
何度もリテイクさせられた渾身のドレスを「もういらない」と言われたのだ。
容赦ないな、シンデレラ!
「今の私には、この制服が一番似合うんだから!」
ふんすふんすと子どものように胸を張るシンデレラ。
そういうところが憎めないのよね、私は。
魔法使いはどうか知らないけど。
「分かりました、では試しにドレスを吸収してみますね」
スーハーと息を整えた魔法使いは、両手を空に掲げ、んっと息を止める。
なんかポーズが独特だな。
もっと杖とかをシャラララ~と振るのだと思っていた。
シンデレラにも確認したが、前もこのポーズだったと言う。
独自路線にも慣れないといけない。
「はあ! 吸い込んでみましたが、まだまだですね。あと四分の一といったところです」
シンデレラのラスボス装備のドレスで四分の一。
この世に、それ以上魔力を含むものがあるだろうか。
「もし、魔法使いさんの回復を待つとしたら、あとどれくらいかかりそう?」
「それが定かではないのです。一日の回復量に幅があって……」
う~ん、自然回復には期待できそうにないか。
取りあえずこの場は解散して、それぞれ魔力のこもったものを見つけたら、生贄にできるかどうか魔法使いに確認してもらうことにした。
魔法使いの名前はルークと言うそうで、今度からは名前を呼べば来てくれることになった。
セオドアさまの目が治るかもしれないという期待で、ソフィアは途端に元気になった。
スミスさんや専属医の先生からも安心された。
ソフィアはついでとばかりに、城中のみんなに聞き込みを開始した。
なにか魔力が宿っているアイテムを知らないか?
できれば途轍もない魔力が宿っているといいのだが。
そんな触れ込みで探すと、出てくるのはだいたい呪いのアイテムだ。
嵌めたら抜けなくなる指輪とか、誰もいないのに誰かが写っている鏡とか。
そんなものも分け隔てなく集めては、ルークに生贄になりそうか確認してもらった。
吸える物は吸って、少しでも魔力の回復に努めていたが、ある日ルークがこんなことを言った。
「ボクは経緯をあまりよく知らないんですが、王子さまは目が痛くならないから、優しい色合いのソフィアさんを見染めたと聞きました。そんな王子さまの目を治してしまっていいのかなって、思ったんですよね」
ルークも何とはなしに思ったのだろう。
そもそも恋愛を知らなさそうな年齢だ。
ソフィアは何か返事をしようと思ったが、喉が詰まったように声が出なかった。
もしかして、と考えてしまったのだ。
目が良くなれば、セオドアさまは他の令嬢の顔も真っすぐに見ることができるようになる。
今までは、輝くばかりに美しい令嬢の飾り立てられた髪や顔やドレスが眩しくて、見られなかっただけだ。
だが目が治って、眩しさがなくなり、そうした令嬢と私を見比べたときに、どちらに目が行くだろうか。
あれだけ愛されていながら、心のどこかを蝕む何かがある。
どうしてソフィアが選ばれたのか。
そもそも自分だって疑問だったはずだ。
こんなに地味で人目を惹かない私が、どうして? と思っていたはずだ。
愛されているうちに曖昧になってしまった感情。
決して外見だけで愛されているわけではないとは思っている。
お城に来てから、たくさん話をした。
そうした中でますます惹かれあったはずだ。
だが、それを確かめるすべが今はない。
寝たきりのセオドアさまを想う。
心の中で二人の自分が葛藤する。
セオドアさまを信じられないのか、と罵る自分がいる。
目が悪くなければ選ばれていなかった、と反論する自分がいる。
「ねえ、ルーク。魔力というのは物にしか宿らないのかしら?」
「そんなことはないですよ。そもそも人の感情には、常に微量の魔力が宿ります」
「じゃあ、セオドアさまの感情から、私のことだけ抜き取ることは出来る?」
「え? そんなことをしてしまったら、王子さまはソフィアさんのことを忘れてしまいますよ?」
「それでいいのよ、そうして欲しいの。目が良くなって、私以外の令嬢の顔を認識できるようになったセオドアさまが、妃として誰を選ぶのか。それが私ではなくても、受け入れたいと思っているの」
「……ボクには理解しがたい考えです」
「そうでしょうね、私もバカなことをしていると思うわ。だけど、そうしないと自分を納得させられないの。嫌な性分ね」
「分かりました、では王子さまの感情を吸い取ります。ソフィアさんに対する感情だけを」
ルークが空に両手を広げるあのポーズをする。
「ええ、お願いね」
そんなことがあった次の日、シンデレラの持ってきた抜けない剣という呪いのアイテムから魔力を吸って、ルークの魔力は全快した。
マッシュルーム頭に隠れて見えないが、きっと泣いてるんだろうなという声だった。
ちょっと可哀そうになって、ソフィアは振りかぶった手を下ろす。
魔法使いは安心して床にしゃがみこんだ。
「良かった……またお婆ちゃんに怒られるところだった……」
やっぱりお婆ちゃんから代替わりしてる?
「ほらね、やっぱり来たでしょ。ソフィア、願い事を聞いてもらおう。何度でもやり直してくれるよ!」
「違うんです! 本当は何度もやり直すことは出来ないんです! この前は、ちょっと、噛み付かれるのが怖くて……」
ああ、そうやって脅されて。
お察しするわ。
「私が悪いみたいに言わないでくれる? そもそも私を選んだのは魔法使いでしょ?」
「そうなんです、どうして間違えてしまったのか。心のきれいな人だと思ったのに……」
そんな人から噛み付くぞと脅されたなんて。
トラウマものだわ。
魔力切れで寝込んでいたのも、精神的影響があったのかもしれないわね。
「それで、ソフィアは試練中なんでしょ? もういい加減、願いを叶えてあげてよ。この目の下の隈、これを見てなんとも思わないの? 悪魔なの?」
しょげている魔法使いに畳みかけるシンデレラを、ソフィアはまあまあとなだめる。
相手は叩いても叩いても応えないグレイスではないのだ。
「うっ、うっ、すみません。まだ魔力が完全に回復しないのです」
ついに涙を流して泣き始めてしまった魔法使い。
「いいのよ、あのドレスに魔力をたくさん注いだのでしょう? 疲れていても仕方がないわ」
この世界に存在しないはずのイルミネーションを創造してしまったのだ。
大変な思いをしただろう。
「うっ、うっ、本当に心のきれいな人は、こんなに優しいんだなあ……」
今度は感動して泣き始めてしまった。
それから魔法使いの話を聞くと、人選を間違えてお婆ちゃんに散々怒られた魔法使いは、今度こそとソフィアを見つけ試練を与えたのだという。
ところが思っていたよりも自分の魔力の回復が遅く、本当だったら一週間ほどで終わるはずの試練が終わらない。
どうしようとうろたえていたときに、ガラスの靴の悲鳴を聞いて駆けつけたのだそうだ。
え?
ガラスの靴って生きてるの?
ソフィアは怖くなって、ガラスの靴を魔法使いに返すことにした。
「あると便利なのに!」
割りたがりのシンデレラには絶対に返せない。
相手は生きものなのだ。
さて、魔法使いの魔力が回復しないことには、ソフィアの願いも叶えられないという。
「ほかの童話では何かを生贄に捧げるといいとか言うじゃない? 髪の毛とか声とか」
ソフィアが提案してみる。
「そうですね、そういう例もあるようです。ちなみに、ソフィアさんの願いは王子さまに関係しますか?」
「そうね、セオドアさまの体調をもとに戻してほしいのだけど、出来たらそもそもの目の病気を治してほしいと思っているわ」
「おそらくですが、今の症状は目の病気が大きく関わっています。ですので、目の病気を治すことで、現状も回復すると思うのです」
「だったら私の願いはひとつね。セオドアさまの目の病気の完全なる治癒よ」
「ボクの魔力量が、今は半分しかありません。王子さまの目の病気を治すには、やはり満タンまで回復させないと……」
「ねえ? その生贄に、あのドレスは使えないの? ドレスは魔力で作ったんでしょ? だったらあのドレスに少しは魔力が残っているんじゃないの?」
ここでシンデレラがまたしても爆弾発言をした。
「何を言うの、シンデレラ。あなた、あのドレスを気に入っていたじゃない。私のために犠牲にすることないのよ」
「でもさ、あのドレスを何度も作り直させたから、魔法使いは魔力切れになってるんでしょ? それにもうあのドレスはいらないから、生贄にしてもいいんだよ」
表情はうかがえないが、魔法使いから流れ出る哀愁を感じる。
それはそうだろう。
何度もリテイクさせられた渾身のドレスを「もういらない」と言われたのだ。
容赦ないな、シンデレラ!
「今の私には、この制服が一番似合うんだから!」
ふんすふんすと子どものように胸を張るシンデレラ。
そういうところが憎めないのよね、私は。
魔法使いはどうか知らないけど。
「分かりました、では試しにドレスを吸収してみますね」
スーハーと息を整えた魔法使いは、両手を空に掲げ、んっと息を止める。
なんかポーズが独特だな。
もっと杖とかをシャラララ~と振るのだと思っていた。
シンデレラにも確認したが、前もこのポーズだったと言う。
独自路線にも慣れないといけない。
「はあ! 吸い込んでみましたが、まだまだですね。あと四分の一といったところです」
シンデレラのラスボス装備のドレスで四分の一。
この世に、それ以上魔力を含むものがあるだろうか。
「もし、魔法使いさんの回復を待つとしたら、あとどれくらいかかりそう?」
「それが定かではないのです。一日の回復量に幅があって……」
う~ん、自然回復には期待できそうにないか。
取りあえずこの場は解散して、それぞれ魔力のこもったものを見つけたら、生贄にできるかどうか魔法使いに確認してもらうことにした。
魔法使いの名前はルークと言うそうで、今度からは名前を呼べば来てくれることになった。
セオドアさまの目が治るかもしれないという期待で、ソフィアは途端に元気になった。
スミスさんや専属医の先生からも安心された。
ソフィアはついでとばかりに、城中のみんなに聞き込みを開始した。
なにか魔力が宿っているアイテムを知らないか?
できれば途轍もない魔力が宿っているといいのだが。
そんな触れ込みで探すと、出てくるのはだいたい呪いのアイテムだ。
嵌めたら抜けなくなる指輪とか、誰もいないのに誰かが写っている鏡とか。
そんなものも分け隔てなく集めては、ルークに生贄になりそうか確認してもらった。
吸える物は吸って、少しでも魔力の回復に努めていたが、ある日ルークがこんなことを言った。
「ボクは経緯をあまりよく知らないんですが、王子さまは目が痛くならないから、優しい色合いのソフィアさんを見染めたと聞きました。そんな王子さまの目を治してしまっていいのかなって、思ったんですよね」
ルークも何とはなしに思ったのだろう。
そもそも恋愛を知らなさそうな年齢だ。
ソフィアは何か返事をしようと思ったが、喉が詰まったように声が出なかった。
もしかして、と考えてしまったのだ。
目が良くなれば、セオドアさまは他の令嬢の顔も真っすぐに見ることができるようになる。
今までは、輝くばかりに美しい令嬢の飾り立てられた髪や顔やドレスが眩しくて、見られなかっただけだ。
だが目が治って、眩しさがなくなり、そうした令嬢と私を見比べたときに、どちらに目が行くだろうか。
あれだけ愛されていながら、心のどこかを蝕む何かがある。
どうしてソフィアが選ばれたのか。
そもそも自分だって疑問だったはずだ。
こんなに地味で人目を惹かない私が、どうして? と思っていたはずだ。
愛されているうちに曖昧になってしまった感情。
決して外見だけで愛されているわけではないとは思っている。
お城に来てから、たくさん話をした。
そうした中でますます惹かれあったはずだ。
だが、それを確かめるすべが今はない。
寝たきりのセオドアさまを想う。
心の中で二人の自分が葛藤する。
セオドアさまを信じられないのか、と罵る自分がいる。
目が悪くなければ選ばれていなかった、と反論する自分がいる。
「ねえ、ルーク。魔力というのは物にしか宿らないのかしら?」
「そんなことはないですよ。そもそも人の感情には、常に微量の魔力が宿ります」
「じゃあ、セオドアさまの感情から、私のことだけ抜き取ることは出来る?」
「え? そんなことをしてしまったら、王子さまはソフィアさんのことを忘れてしまいますよ?」
「それでいいのよ、そうして欲しいの。目が良くなって、私以外の令嬢の顔を認識できるようになったセオドアさまが、妃として誰を選ぶのか。それが私ではなくても、受け入れたいと思っているの」
「……ボクには理解しがたい考えです」
「そうでしょうね、私もバカなことをしていると思うわ。だけど、そうしないと自分を納得させられないの。嫌な性分ね」
「分かりました、では王子さまの感情を吸い取ります。ソフィアさんに対する感情だけを」
ルークが空に両手を広げるあのポーズをする。
「ええ、お願いね」
そんなことがあった次の日、シンデレラの持ってきた抜けない剣という呪いのアイテムから魔力を吸って、ルークの魔力は全快した。