愛毒が溶けたら
耳元で聞こえる声が優しい。目を瞑ってるのもあって、勇運くんの存在をすごく近くに感じた。


「柴さん、これでも”三石がした署名”になるよな。俺は手を添えてるだけだから」

「……お勧めはしませんが、今回に限り目を瞑ります」

「ふっ、助かる」


そして勇運くんは、私の手を握ったまま、自身の手を動かす。まるで書道の時、先生と一緒に筆を持っている、あの感覚。

だけど、少し違うのは――


「あ、下の名前はね、」


名字を書き終わった事がなんとなく分かったから、下の名前を言おうとする。

だけど、言う必要はなかった。
なぜなら、


「名前は知ってる。冬の音って書いて、冬音」


なんと勇運くんは、私の名前を覚えていた。しかも、漢字まで合ってる。


「……っ」


書道の時の緊張とは違うドキドキが、私の内側から控えめにノックした――そんな気がして、ボールペンを握る手に、じんわり汗がにじむ。
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