小説
おとぎ話は物語としては好きだけど、小さい子供に聞かせるのに嘘は良く無いと思う。
深海には上半身が人の姿をしていて、下半身は尾鰭の姿をしている人魚がいる。綺麗な歌声を持ち、とても美しいのだとか。
けれど実際には真っ暗な海の底でチェロの音と1枚のモニターだけ。
映像を観終わると同時に始まった水中での吹奏楽コンクール、多分三日月の舞だなこれ。
その全ての音が僕を押し上げたのだった。
「良い音だったな。
何事もなく、呆気なく、元の場所に戻っていた。
「泣きそうな顔してるね。
「君が僕を突き落としたからね。少し疲れたよ。
「じゃあ次はこっち。
少女がついて来いとでも言うように何度も振り返って僕がいる事を確認しながら真っ直ぐに敷かれた線路の上を歩いていく。
疲れたって言ったんだけど…。
何分だろう、26分くらいか。歩き続けていると線路の先に見えたのは至ってシンプルな、コンビニだった。
「いらっしゃいませ。はい、これ。
先に入っていた少女が何も並べられていない店内のカウンターから文庫本を1冊僕に渡してきた。
この位置なら商品を渡すのは僕じゃないだろうか。お金はもう無いから購入する事は出来ないけれど。
「ん。ありがとう。
「続きは?
「電車の中で読むよ。
少女に伝えて振り返ると線路は消えていて申し訳なさそうにバスが止まっていた。
「まぁ、良いけどさ。
歩行者はいないのにそのバスは律儀に信号のルールを守って目的地へと向かっていく。青くなれば進んで、黄色くなれば止まる準備を、赤くなれば速度を0にする。乗っていて気持ちのいい運転だ。
運転先に座るアライグマはいい腕をしている。洗い物をするだけの事はある。
人がいないのだからアライグマだって免許を持たざる負えないのだろう。
文庫本をパラパラ開くと右上の角が折られているページを見つけた。ここからが続きなのだろう。

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