一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 由依は声を詰まらせる。
 理事長の言うことはもっともで、これから先同じことを何度も聞かれるだろう。その度に、結婚の予定はないと言い続けなければならないのだ。

「それに、体調もあまり良くないらしな。これから悪化しないとも限らない。早めに考えたほうがいいだろう」
「あの。それはどういう……」

 理事長は凍りつくよう冷たい表情をしている。由依はその真意を掴めず尋ねた。

「今なら噂になる前に退職できるだろう。そうだな、病気の治療に専念するためとでもしておこう。心配しなくてもひと月分の給与は支払う」

 突然ハンマーで頭を殴られたような衝撃。目を開いたまま、しばらく呆然としていた。

「ま……待ってください! 私、辞めるつもりなんてありません」

 ようやく我に返り、叫ぶように訴える。だが理事長は、それに不快感を露わにして言った。

「未婚のまま出産するような保育士に、大事な子どもを預けられない。そう保護者に言われたら、君は責任が取れるのか?」

 それがないとは言い切れない。そしてその責任など、自分に取ることなんてできない。
 なんの反論もできず、由依はグッと唇を噛んだ。

「私は次がある。あとの手続きは園長に任せておく」

 立ち上がった理事長はそれだけ言うと、由依を置いて出て行った。
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