一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
(話したいことって、なんだろう?)

 思い当たることはいくつかある。それくらいお互い、自分のことを話してきた。

 樹と初めて会ったのは、五才になる前だった。もうその頃の記憶は薄らしかないが、樹は中学生になったばかりで、学ランを着ていたことは覚えている。
 その頃樹が暮らしていたのは、両親が育った施設だった。両親はそこを出てからも、ボランティアとして何度も訪れていたらしい。そして母を亡くし、身よりもなかったため入所してきた樹と出会ったのだ。
 父は時々その時の話を聞かせてくれた。最初は馴染めずにいた樹が、だんだんと心を開き兄のように慕ってくれたことを。父はそれが嬉しいと、顔を綻ばせていた。
 そして由依も、樹のことを兄のように大切に思っていた。

 叱られてしまうだろうか? 
 呆れられてしまうだろうか? 

 見捨てられなければそれでいい。助けて欲しいなんて言わないから、今までのように見守ってくれればそれで。

 大智に伝えるつもりはない。また会えば、きっと寄りかかってしまう。そして彼は責任を取ろうとするだろう。そこに愛情など存在しない。何よりもそれに、耐えられそうになかった。
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