一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 由依は「ううん」と首を左右に振る。まだ呆然としたまま眉を顰め、樹は矢継ぎ早に質問を繰り出した。

「由依。いつの間に付き合っていたヤツがいたんだ? 相手はどんなやつだ。ちゃんと言ったのか?」

 その喋り方がなんだか父に似ていて、懐かしくて頰が緩む。

「たっちゃん、なんかお父さんに似てきたね」
「……(いさみ)さんの話は、今いいだろ」

 自分でも自覚があるのかほんのりと顔を赤くしている。一瞬だけ張り詰めた空気が和らいだ。

「さっきの質問だけど……」

 由依はそこで一呼吸おくと真っ直ぐに樹を見つめて続けた。

「相手の人とは付き合ってるわけじゃないの。たまたま知り合った人。その人には……言わないつもり」

 そんな答えが返るなんて思っていなかったのだろう。樹はしばらく言葉を無くしていた。

「相手は……責任も取れないような男なのか? まさか……既婚者、じゃないよな?」

 そう考えるのは至極当然な話だ。自分を信用してくれているのはわかっている。けれど樹も確認しておきたいのだろう。その心配そうに眉を下げた表情を見て思う。

「既婚者じゃないから安心して。彼に言えば……責任を取ろうとすると思う。優しい人だから。でも、それが重荷になるのは嫌なの」

 キッパリとそう言う由依を見て、樹は大きく息を吐いた。
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