一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
「す、すみません。ぼんやりしてて」

 まともに大智を見れないまま由依は謝る。

「こちらこそ、つまらない話だよね。ごめんね」

 申し訳なさそうに言う大智に、由依は顔を上げ勢いよく首を振った。

「そんなことないです。私……昔弁護士さんにお世話になったことがあって。それを思い出してて……」
「……弁護士に?」

 言ってしまってから、しまったと思う。この年齢で弁護士の世話になっている人間のほうが少ないだろう。大智が訝しげに眉を顰めているのが見えた。

「そんなに、たいしたことじゃないんです」

 取り繕うように由依は明るく返す。こんなふうに言えるようになれるなんて、当時は思うことすらできなかった。今も身を引き裂かれるような慟哭を忘れることはできない。けれどその話をした途端に、腫れ物に触るような態度になってしまう。今まで誰もがそうなってしまったように。だからいつのまにか、何もなかったようなフリができるようになった。

(どうしよう。話題、変えなきゃ)

 頭の中で必死に考え、由依はふと取っ掛かりを見つけた。

「あの、阿佐永さん。さっきの絵本って、どんなものを選ばれたんですか? 私、保育士で……。ちょっと興味あります」

 きっと不自然に映っただろう。けれど、触れてほしくないことを察したのか、また柔和な表情に戻ると大智は話しだした。

「すごく有名なものばかりだよ。はらぺこあおむしとこぐまちゃんシリーズ。与田はきっとまだ持ってないと思って買ったけど……。持ってたらごめん」

 そう言って大智は与田を覗き込む。与田はジョッキ片手に笑って答えた。

「さすがにまだ絵本までは用意してないって。読めるようになるまで、まだまだかかるだろ?」

 与田の言うこともわからないではない。由依だって保育士でなければ同じように思っていたはずだ。けれど、実際に子どもたちと接して、そうではないと知った。
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