一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
「絵本……。読みたいんだ。来る途中に買ってもらって。美礼のもあるから一緒に読まない?」

 気がつけばすでに本を読むことが好きだった。ひらがなが読めるようになり、自分で絵本を読めるようになると世界が広がった気がした。本を読んでいるときだけは、嫌なことも忘れてその世界に没頭できた。

「えぇ〜! 美礼、あんまりひらがな読めないよ……」

 美礼は不満そうに声を上げる。確かに、幼稚園の同じクラスでもまだ読めない子どもはたくさんいた。

「じゃあ。僕が読んであげる」
「うん!」

 美礼の家の、古い畳の上にできた陽だまりに二人で並んで寝そべると絵本を置いた。

「なぁに? これ?」

 美礼が本の表紙を指差した。

「三びきのやぎのがらがらどん、だよ。ヤギの絵が格好いいなって思ったんだ」

 書店に入ると、真っ先にこの本が目に飛び込んできた。

(いったい、どんな話だろう?)

 ワクワクしながら本を開き、辿々しいながらも一生懸命読んだ。そして美礼は、それに真剣に耳を傾けていた。
 
 これはまだ、何も知らなかった頃の穏やかで優しい記憶だ。
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