一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
　樹の買った家は、都内のいわゆる下町と呼ばれる地域にあった。建物は木造で、築年数は樹の年齢より経っている。古いが中はリフォームしてあるし、その落ち着いた暖かみのある室内はなんだかホッとする。最寄り駅から少し距離はあるが、保育園は近い。住み心地はとても良かった。

　灯希を迎えに行き、家までの道のりを抱っこしてゆっくり歩く。古い家が並ぶ通りには、まだ夏の残り香のような気だるい熱気が漂っていた。

「今日は眞央さんが美味しいご飯用意してくれてるんだって。よかったね、灯希」

　灯希は抱っこ紐に収まったまま、キョトンとした顔を自分に向けている。柔らかなふっくらした頰を指でつつくと、キャッキャと声を上げ、手足をバタバタさせて喜んだ。

「楽しい？」

　話しかけるとより楽しそうな声が返ってきて、笑いながら二人で歩いた。


「ただいまぁ」

　引き戸をガラガラと開けながら中に声をかける。玄関の先に見える廊下の奥からは明かりが漏れ、食欲を刺激するいい匂いもしてくる。
　台所というほうがしっくりくるその場所に先に寄ると、テーブルにはすでに料理の入った皿が並んでいた。

「お帰り、由依ちゃん。灯」
「ただいま、眞央さん。今日は朝早かったのに、たくさんご飯用意してくれてありがとう」

　そうお礼を言うと、眞央は女性と見紛うくらい綺麗な顔でニコリと笑った。
< 154 / 253 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop