一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 翌日の出勤時はさすがに緊張した。今まで同じように通勤して、一度もその姿を見ていないのだから、会うわけがない。そう思いながらもやはり顔が強張ってしまう。
 スマホで調べてみると、ビルに入る弁護士法人はかなり規模が大きいようだった。二年前、移転と同時に他の法人と合併し、名前も改めたのだと紹介されていた。
 
 エントランスは今日も多くの人が行き交っている。誰でも自由にビルの中に入れるわけではなく、警備員が立つセキュリティゲートを通る必要がある。高層階用と低層階用の二箇所に分かれており、由依は低層階用を通るとすぐ非常階段を登っていた。

(冷静に考えたら、これで会うほうが難しいかも……)

 そう思うと少し肩の力が抜けた。
 それから数日間、同じように通勤したが、遠くでその姿を見かけることさえなかった。

「今日のお昼、上のカフェテリアに行かない? たまには食べに来てって言われてて」

 カフェテリアから給食を運んで来る人に言われたのか、松永先生は拝むように言った。
 いつもはお弁当を持参するか、途中で何か買ってきていたが、今日は遅くなってしまい何も持って来ていない。それを話したところ、こう言われたのだ。

「じゃあ、せっかくなんで」

 広い場所だし、彼がわざわざカフェテリアで食事をすることもないだろうとたかを括り、昼食へ向かった。
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