一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 背中越しに聞かされたその愚痴の内容を、にわかには信じられなかった。同じ名前の弁護士が他にいるのだろうかと思うくらいだ。

(……冷血? 笑顔も見せない?)

 自分の知る人とは全くかけ離れた情報に混乱していた。そんなことに構うことなく話しは続いた。

「けどさ、噂じゃ婚約者にはデレデレらしいじゃない?」
「あぁ。たまに一緒に歩いてるよね。って、デレデレなの⁈ それはちょっと複雑……」
「なんでよ。あの顔面で全員に愛想振り撒いたら勘違いする人続出するじゃないの」
「それもそっかあ」

 明るく会話する二人の話が、違う世界の出来事のように聞こえた。由依は全く箸を進められないまま、呆然と皿を見つめるしかなかった。

(……婚約者)

 その言葉が耳にこびりつき剥がれない。

(もう……二年も経つんだから……)

 流れた時間の長さを嫌でも思い知る。あの時には結婚できないと言った大智に婚約者がいるのだから。
 彼が幸せになるのを喜ぶべきなのに、素直に喜べない自分がいる。自分から望んで手を離したはずなのに。
 
 落ち込んでいられないと自分を奮い立たせ保育に専念する。人の命を預かる仕事だ。気を抜いてなんていられない。

 時間がくるとすぐ園を出て、非常階段を降り、俯き気味にエントランスを歩く。
 そのときだった。少し離れた場所から女性の声が聞こえてきたのは。

「もう! 大智ったら!」
< 165 / 253 >

この作品をシェア

pagetop