一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 彼女が噂の婚約者なのだろう。よりにもよって、自分の知っている人だなんて、神様の采配を恨みたくなる。

「あ、あのね……」

 はしゃぎながら彼女は話を続けようとする。けれど、ジワジワと熱を感じる瞳を伏せるとそれを遮った。

「すみません、大迫さん。私、急いでるので!」

 手を振り解くとその場から逃げるように走り出す。
 こんな形で再会しなければ、彼女ともっと話したかった。出産した病院で、なにかと自分を気にかけてくれていた助産師なのだから。

 無我夢中で駅まで走った。いつのまにか流れ落ちていた涙が、頰を伝っているのに構うことなく。
 駅に着くとホームに駆け降り、隅でハァハァと荒く吐き出される息を整えた。

 彼女は、彼に話すだろうか? どこで知り合ったのかを。話さなくても気づくかも知れない。けれどもう、自分には何の興味もないだろう。たった一夜過ごした相手のことなど。

(……後悔しないなんて……無理だよ……)
 
 時間が経てば経つほど、自分の浅はかな行動を悔やんだ。あのとき彼にちゃんと連絡先を伝えていたなら、まだそばにいられただろうかと。付かず離れずの関係だったとしても、子どもの父と母として、切れない絆を築けていたかも知れない。
 けれどそれと引き換えに、彼女と幸せになる姿を間近で見なければならなかったかも知れない。
 想像でしかないのに、息ができないくらい苦しくなった。
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