一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
(……人目につかない?)

 どうしてそんな言葉が出たのか、引っ掛かりを覚えて一瞬顔を強張らせたのを彼女は見逃さなかったのか、落ち着いた口調で言う。

「心配しなくても、二人きりだから。もし不安なら、立ち話でも……」
「だ……いじょうぶ、です」

 そう答えると彼女は頷き店の重そうな木枠の扉を開けた。中は落ち着いた雰囲気で、一人客が数人、静かに寛いでいた。
 二人ともミルクティーを頼むと、店員は恭しく頭を下げカウンターに戻って行った。

「時間もあまりないから……単刀直入に聞くね」

 真っ直ぐに自分を見て、彼女は切り出す。

「大智……。阿佐永大智のこと、覚えてる?」

 覚悟はしていたが、それでも息が詰まる。それに、知っているか、ではなく、覚えてるか、と言うことは、彼から何か聞いたということだ。

「……はい。覚えてます」

 俯き気味に小さく頷きながら答える。何を言われるのだろうと体を縮こませていると、予想外に彼女は明るい表情を見せた。

「よかった。もう忘れたって言われたらどうしようかと思った」
「あの……。すみません。同じビルで働いてるのは偶然なんです。阿佐永さんに言い寄るつもりなんてありません。だから心配しないでください」

 そう返すと、彼女は不思議そうに「心配? なんで?」と口にした。

「え……と。大迫さん、婚約者……なんですよね?」
「婚約者? それ、誰から聞いたの?」

 彼女はキョトンとした瞳で自分に尋ねた。
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