一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 阿佐永の家を出たのは一年前。祖母が介護施設に入ったのと同じ時期だ。

 祖母は心臓の手術後、急激に老け込んでいった。まるで生きる気力を失ったように。
 寝込むことが増えると体はすぐに弱っていく。ずっと自宅で療養していたが、祖母に代わり峰永会の理事長夫人として奔走する叔母の負担は大きく、峰永会傘下の施設に入ることになったのだ。
 そして祖母は結局最後まで、いや、今でも自分を父だと思っている。それでも構わないと思った。父との思い出話を、その日に戻ったように楽しそうにする祖母を見て、それで彼女が幸せならと。

 その後、先輩の若木先生の伝手で部屋を借り暮らし始めた。変わらず忙しい毎日で、寝に帰るだけの部屋。はなからそれがわかっていたから、そう広くもない最低限のセキュリティのマンションにした。
 けれどそれがのちに仇となってしまった。

 その人は、以前担当したクライアント先の社長令嬢だった。元恋人からの付き纏い行為に困っていると相談を受けたのは半年近く前。
 その一件が解決したかと思うと、今度は彼女が自分に近付こうとしてきた。だがクライアントである彼女の父の手前、あからさまな態度を取ることもできない。多忙を理由に顔を合わすこともしなかったが、いつのまにか待ち伏せされるようになっていた。
 ただ遠くから、じっと自分を見ている彼女に、どこかおぞましささえ感じた。
 そして二ヶ月ほど前。不愉快なほど暑い夜のことだ。自分の部屋前に佇んでいる、彼女の姿を発見したのだった。
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