一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 さすがにその日は帰宅することができず、そっとその場を離れビジネスホテルに避難した。

(どうしたものか……)

 あきらかな付き纏い行為。規制する法律はあるものの、実害がないぶん大ごとにはできない。まずは若木先生に相談した。彼はすでに思い当たる節があったのだろう。その内容に苦々しい表情を浮かべた。

「あ〜……。あのお嬢さんな。実はあそこの社長からこの前、探り入れられたんだよ」
「探り……ですか?」

 二人きりの狭い面談用の個室で、缶コーヒーを片手に話しをする。彼はそれを傾けたあと、トンっと勢いよくテーブルに置いた。

「あぁ。阿佐永先生は結婚しているのか、交際相手はいるのか、だってよ」
「で……何と答えられたんですか?」

 缶を握りしめたまま尋ねると、彼は突然ニヤリと笑った。

「めちゃくちゃ美人な婚約者がいて、もう見てられないくらいデレデレですよ! ……って言っといた」

 他人事だからなのか、楽しそうに言う彼に唖然としてしまう。そんな見え透いた嘘をついたところで、すぐに見破れてしまうのではないだろうか。

「なんだよ、そんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して。ほら、大智の身近に一人、適任者がいるだろ? 彼女に頼めば?」

 そう言えば彼は、美礼に何度か会ったことがある。
 放っておけば仕事ばかりする自分のガス抜きと言わんばかりに、美礼から時々食事に誘われる。その待ち合わせはたいていビルのエントランスロビーで、彼にも紹介したことがあるからだ。
 確かに、気兼ねなくこんなことを頼めるのは美礼しか思いつかない。気乗りはしないが、話すことにした。
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