一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 外に出ると穏やかな、十月初旬の秋空が広がっていた。来たときは汗ばむほどの気温だったが、陽も傾き今は過ごしやすい気温になっていた。
 外の様子を気にしつつ、駅まで歩き始めてしばらくすると、不審な人影もなかったからか、彼は安堵した様子をみせていた。
 けれど、たとえ付き纏う相手がいたとしても、すぐに大智だと気づかないのではないかと思っていた。
 着替えてきた彼は、ネイビーのカジュアルなジャケットを羽織っていた。どこか雰囲気が違うと思ったのは、上がっていた前髪を下ろしていたからだろう。そして家を出る前、彼は「仕上げはこれ」と大きな黒縁の眼鏡を取り出すとそれを掛けてみせた。

「これだけでも、案外わからないみたいだね」

 そう言って口角を上げたその表情は、電車の中で見かけていた彼そのものだった。
 ほおけたように見上げていると、彼は一層口角を上げた。

「どうかした?」
「いえ……。本当に、大智さんだったんだなって」

 信じていなかったわけではないが、こうやって間近で見ると同じ人だと実感が湧いた。自分が知っている彼の顔。この姿で大智と出会っていたら、きっとすぐにわかっただろう。

「実はこの姿を知ってるのは、アドバイスしてくれた美礼と、高校の友人たちくらいなんだ。通学の行き帰りだけの変装だったし」
「そう、なんですね。確かに大智さんだって、すぐにはわからないです」
「じゃあ、心置きなく……」

 そう言って彼は立ち止まり手を差し出すと、口元だけで笑みを浮かべた。

「手を繋ぎたい。いいかい?」

 二年前に繋がれた大きな手の温もりを思い出す。罪悪感に苛まれながらあの時とはもう違う。

「はい。もちろん」

 そう返すと精一杯の笑顔を向けて、その手を取った。
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